異種間慕情(2)

 マーガレットが愉快そうに目を細めてサムエルを見てくる。


「あんたらしくもなかったね」

 口調も笑い含み。

「どうせ捕虜がいるうちに民族統一派の尻尾を掴んで、それがすんだら拉致されてる管理局員を取り戻そうとか考えてたんだろう?」

「ええ、その通りですよ。あちらもこちらも失敗です。一挙両得など狙うものではありませんね」

「そういうこともあるさね。完璧じゃないんだから」


(結構ショックだったんですよ。しっかりと計画していたつもりが、ホールデン博士の思わぬ行動ひとつで全て流れが変わったんですから)

 溜息ももれる。


 だからといって彼女だけを責められない。エージェントを動きやすくするよう、警戒システムのプロテクトを甘めにしろと指示したのは彼。だからおざなりの叱責ですませてペナルティを与えなかったのである。


「本当なら前線の規律維持のためにも、ホールデン博士をきちんと罰さないといけないんでしょうけど」

 軍帽を脱いで頭を掻く。

「大丈夫さ。堪えてるはずだから。あのタイプは叩かれたことはあっても叱られたことはほとんどないんじゃないかね」

「ええ、気の毒になるくらい落ち込んでましたよ。心が痛みます」

「良い経験さ。あの子にも、あんたにもね」


 この戦隊長にとっては自分も若造なのだろう。親のような目で見られている。


「切り替えますよ」

 髪をかき上げて軍帽を被りなおす。

「まずは管理局員を救出する手立てを考案します。当面危険なのは彼らですので」

「だねぇ。せめて居場所だけでも特定できりゃね」

「作戦立案もできますから」


 二人は正攻法寄りの救出に舵きりする方向で確認しあった。


   ◇      ◇      ◇


『君の玉子のようにつるつるですべすべな肌は触れると弾けそうで怖い。でも触れずにはいられない』

『あなたが思っているほど弱くはないわ。触れていいのよ。わたしはその毛並みに埋もれたいと思っているんですもの』

『新鮮な果実のようなその唇。食べてしまってもいいのか?』

『その言い方はダメ。違う意味に聞こえてしまうから』


 女は微笑んで顔を上向かせる。薄く紅をはいた唇を男の黒い口唇が覆う。

 一度離れた女の唇が、男のそれを追うがごとく引き寄せる。再びの口付けは、異様に長い男の舌が女の唇を割っていった。そのまま二人はベッドに横たわる。


 デードリッテはごくりと唾を飲む。知らず鼻息が荒くなっている。興奮で顔が熱くくなっているのが自覚できた。

 つい身じろぎしてしまうと肩が触れあう。ただしそれは隣の相手。今は非番の作戦参謀タデーラである。


「けっこう濃厚」

 そう言うのは反対側にいる通信士ナビオペのユーリン。

「うっはぁ。すごいね、ディディー?」

「ちょ、ちょっと刺激が強すぎませんか? こんなの普通に流してるなんて」

「も、もちろん成人コード付いてるよ。見ちゃ駄目じゃないもん。わたしだって成人してるし」


 三人が観ているのはハルゼトで公開されている恋愛ドラマである。オンデマンドで配信されている番組のうち、異種間ものと呼ばれる分野の作品を検索してピックアップし、デードリッテは順に観ていた。

 今日はたまたまこのメンバーが非番だったので、彼女の私室で鑑賞会をしている。内容がハードになるにつれ、三人ともがお菓子に伸びる手が散漫になっていた。


『幸せ』

 情事を匂わせる短いシーンのあとに時間軸は飛んで翌朝になっている。

『本当かい?』

『嘘じゃないわ』

 女はシーツをかき上げつつ狼の焦げ茶色の鼻に軽いキス。

『じゃあ、それを証明してくれないか? 結婚しよう』

『……わたしでいいの?』

『もちろんだ』

 人狼は女の肩を抱く。

『わたし、あの女狼ひとと違ってあなたの舌に合う料理を作りつづけられないかもしれない』

『君に合わせていれば中年になっても太らないですみそうだ』

 切なげな女の頬を狼の舌が舐める。

『わたし、あの女狼ひとが言ったみたいに立派な毛並みの子供なんて産めないかもしれない』

『君みたいに可愛らしい子供が産まれるならいい』

 こぼれた涙が舐めとられる。

『信じていい?』

『君を愛しつづけると誓うよ』


 二人の長い長いキスのシーンが徐々にぼやけていって青空に変わる。そこに番組タイトルと「完」の文字が浮かびあがった。

 立体投影用のプラットフォームは再生を終えるとメニュー表示に変わる。デードリッテはとりあえず一旦停止ボタンにタッチして終了させた。


「あの……」

 タデーラが切り出す。

「このコンテンツのメニュー、端末に送っておいてもらえます?」

「いいよ。ここまでの紆余曲折が結構よくてハマっちゃうから」

「う、任務に差し障らないようにします」


 友人を仲間に引きこめた彼女はほくそ笑む。これで話題を振れる相手ができる。


「あのさ」

 ユーリンのほうは微妙な手ごたえ。

「彼女、アゼルナンの子供を産むって言ってたけど、できるの?」

「うん、調べてみたらちゃんと赤ちゃん産めるみたい。事例としてはほとんどアゼルナンの血が濃くでる感じ?」

「ふんふん、人狼の子供が産まれちゃうのか。それはそれで可愛いかも。で、できるってことはできるんだよね?」

 一瞬何を訊かれたのか分からない。

「だから赤ちゃんはできるんだって」

「赤ちゃんができる行為のこと」


 ようやく気付いたデードリッテは真っ赤になって絶句した。

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