異種間慕情(3)

「で、できるに決まってるもん。じゃないと赤ちゃんが……」

 首まで赤くなったデードリッテをユーリンが宥める。

「まぁ、そうだよね。でも、全く同じってわけでもないでしょ? ドラマじゃ赤裸々に描かれなくても、普通とは違う営みがあるのかもよ?」

「普通~!」


 そもそも普通さえ彼女には解らないのである。仕組みとしては知ってはいても実践経験がない。なにが普通でなにがアブノーマルかなんて判断しようがない。


「まあまあ」

 タデーラも落ち着かせようとしている。

「ユーリンも知らないようですし、ここは一つ後学のために調べてみましょうか?」

「う、うん」

「そうだよね」


 デードリッテはコンソールパネルを立ち上げ、二人は携帯端末を操作しはじめる。


「わ、狼ってすっごく長いみたい」

 楽しそうに目を細めたユーリン。

「長いってなにが!」

「主に時間のほう」

「長い……」

 妄想に頭が乗っ取られそうになる。

「違う! 狼じゃなくてアゼルナン!」

「おっと失敬失敬」


 三人は黙々と調べている。ただし、デードリッテはどう検索すべきか分からず迷子になる。人間種サピエンテクスのそればかりが出てきて見ていられない。


「やっと出てきました。ちょっと尖っているけど極端には違わないみたいですよ」

 学術資料からタデーラが探しあてる。

「尖ってるってどこが~! どのへんが違わないの~!」

「もう何がなんだか分からなくなってるね、この子」

「知らないんだもん!」


 資料を見ていられなくて手で顔を覆い、それでは話が進まないとまた見る。今や体温はちょっとした発熱くらいに上がっていそうだ。


「ふむふむ、ほんとだ。そんなに違わない」

「行為そのものも大差ないそうです。ユーリンが見つけたのは他星の四足獣の狼のことでしょう?」

「そうだよん」

 彼女は肯定する。

「でも形態が似ているってことは生態も似てるんじゃないかと」

「一理ありますけど、発生に至る道筋が違うんですから生態も変化していておかしくないでしょう。ね、ディディー?」

「うん……」

 未だ頭は回ってくれない。

「前にあなたがしたアゼルナン発生講義の動画を観ました。地上に住む狼とアゼルナン原種ではあまりに生活様式が違うではないですか?」

「全然違う」


 ようやく自分の専門分野に入って頭が冷めてくる。多少は考えられるようになってきた。


「樹上生活は生態の変化に大きく影響してくると思えます」

 タデーラが軌道修正してくれる。

「そっかぁ。樹の上じゃのんびりいたして・・・・いるわけにもいかないもんね。夢中になったら落ちちゃうし」

「いたす~!」

「ユーリン!」


 努力は灰燼に帰し、ガールズトークは元の際どいところへ戻ってきてしまう。


(う~。なんだかんだ言っても、二人とも普通・・を知ってるんだもん)


 妙な劣等感にさいなまれるデードリッテであった。


   ◇      ◇      ◇


 オリーブドラブのボディにレモンイエローがあしらわれている。それがメイリーに貸与された新しい機体。ゼクトロン21番機である。


(こんなに若いナンバーを傭兵上がりの新入りが預かっていいもんかしらね)

 胸中は複雑である。


 それは彼女の立場、ブレアリウスの駆るレギ・ファング属するメイリー編隊の隊長機という意味合いで割り振られたもの。事実、エンリコに渡されたのは45番機であり、外部発注部品で建造されている。21番機のようにデードリッテが検品したパーツをメルゲンスで組んだものではない。


(なんの因果でこんなところまで来ちゃったんだか)

 全ては狼との出会いから始まっていたのかもしれない。


 お調子者のエンリコは付き合いやすい相手。ああ見えてポリシーを持って戦場に赴いているので命の責任まで背負ってやる必要がない。仮に撃墜されようとも、誰も恨まず散っていくだろう。

 だが、他の傭兵ソルジャーズはたいがい借金に追われているか放蕩のために金を欲しているかどちらかといった人間。未熟なのに戦果を求めては泣き叫びながら散っていく。メイリーの胸にしこりを残して。


(いいかげんうんざりしていた頃にあの人狼に出会ったんだったわね)

 よく分からない第一印象だった。


 向かう先を失ったまま淡々と戦っているような孤独な狼。それでいて瞳は純粋に透きとおっている。ただ生きることのみを目標に生きているみたいな男だった。

 興味を惹かれて近付くと癖のない人柄が垣間見える。絡まれるのは日常茶飯事でも彼から絡んでいくことはない。一歩いっぽ確かめるように生きている。


(ブルーの生き方を見ているとなんか浄化されるように感じがしたのよね)

 俗な欲にまみれず、生物の本能に従っているのではないかと思った。


 だから人狼を仲間に誘った。昔の、前だけを向いていた自分に戻れそうな気がしたからだ。

 間違いではなく、戦場で迷いを抱くことはほとんど無くなる。ただ、時折り彼の向けてくる求めるような視線には戸惑いを覚えたものだ。最初は異性として求められているのかと思った。


(とんでもない勘違い)

 思い出せば羞恥が湧いてくる。


 狼は意味を求めていたのだ。生きることの意味を。何のために生き続けるのかを見出そうとしていた。

 逆にいえば死に場所を求めていた。その価値をメイリーやエンリコに押しつけようとしていたと気付く。


(そんなの許してあげない、このあたしに限って)

 そう誓う。


 それからは彼女自身も生きることが楽しくなった。生死の境にいながら純粋に生を謳歌することを憶える。知らず、大きな影響を受けていた。


 そして新たな相棒が眼前に立つ。メイリーは装甲の冷たさを手の平に感じた。

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