第八話

異種間慕情(1)

 旗艦エントラルデンのトレーニングルームでマシンを使うブレアリウスの前の床にデードリッテが俯せに転がっている。時折り溜息がもれていた。


「どうしたの、ディディー?」

 アピールにまず屈したのは隣のメイリー。

「めっちゃ叱られた~。口調が丁寧だから余計に怖かったよ~」

「あー、司令官殿ね。例の無断進入の件でしょ? そりゃ仕方ないわ」

「悪かったとは思ってるけど時間がなかったんだもん」


 じきじきに呼び出されて叱責を受けたらしい。だが、それで済んだのは彼女が軍籍になく、技術顧問という立場だから。軍籍にあれば軍規に基いて処分されている。逆にいえば、叱責して体裁を整えたのだろう。


「次に命令に反したら退去してもらうって言われたよ~」

 それもデードリッテの命を慮ってのことだろう。

「あはは、しばらくは自重しておくのよ。ほとぼりが冷めたらまた大抵のことは意見を優先してもらえるから」

「そうかな~? 結構怒ってた。ウィーブさんも目が怖かったし」

「振りよ、振り」


 仔狼のアバターが駆けていって心配そうに頭をこすり付ける。ブレアリウスの感情を表した行動。慰められた彼女は撫でる振りで返している。


「でもでもさ」

 エンリコも苦笑気味に続ける。

「例の件があるからディディーちゃんが残ってるのは当然だってぼくたちは解ってる。けど、他の知らない人は新型のゼクトロンが完成しているのにどうして残っているのかって思ってない?」

「うん、星間G平和維P持軍Fの事務方の人とか、管理局の下のほうの人は内々に前線を離れるよう言ってきてる」


 そのあたりの人間は本件がいわゆるゼムナ案件で、デードリッテが深く関わっているとは知らされていない。当然の気遣いだろう。


「帰るのか?」

 問う人狼を彼女は睨みつけてきた。

「まるで帰ってほしいみたい」

「思ってない。が、困らせたくもない」

「許してあげる~」

 相好を崩す。

「ちゃんと理由付けしてるから」

「理由付け?」

「データ収集してるって言ってあるの。『アゼルナンの慣習と人間種サピエンテクスの関連性』って論文を一本仕上げるつもり」


 研究者の立場で主張されれば彼らも無理は言いにくい。なかなかの策士っぷりである。


「あれあれ? でもそのテーマ、生物考古学とは遠いじゃん」

 彼にはピンと来なかったが、エンリコが気付いた。

「そ。発表するんだったら人類文化学になっちゃうかな」

「わおわお、もしかして四つ目の博士号狙ってる?」

「どうしてもじゃないけど、もらえるならもらってもいいし」

 何てことないように言う。

「ディディーちゃんの博士号って、中央セントラル公務官オフィサーズ大学カレッジのものだよね?」

「うん。一応は名誉教授の役職ももらってるから」


 セントラルオフィサーズカレッジといえば、どこの国家にも属さない学術機関である。中央管理局が運営する公務官養成大学。星間銀河でもっとも権威のある教育機関でもある。

 設置されているのは惑星メルケーシン。中央管理局と俗に呼ばれる星間管理局本部が置かれている惑星ほし。そこには国家機関はなく、管理局が全土を運営している。


「こんな辺境でうろうろしているぼくとは無縁の人種だよなー」

 改めて落ちこむエンリコ。

「え~、普通~。確かにメルケーシンで十二から十五まで在学して研究院に二年いたけど、わたしも出身は中央から離れた惑星だよ~?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ、エンリコ。出来が違うだけで、ディディーも同じ人間なんだから疎外感を与えるんじゃないの!」

「その出来の違いが一番大事だったりしない?」


 戦友は学歴には思うところがあるようだ。もっとも相手は人類の叡智とまで言われる少女である。学歴など些少な問題だと思えるが。


「そんなことを言いだしたら俺は種族さえ違う。近寄れもしない」

 フォローを入れる。

「でしょ~? 気にしなくていいの!」

「そういうこと。人生なんて色んな縁の連続でしかないんだよ」

「大事なのは今だもん」


 そう言いながらデードリッテは狼の膝に座ってくる。まるで、離れればそれだけ自分から近付くと言っているかのように。


「そこにいると邪魔だ」

「あー、邪魔って言われたー!」


 冗談交じりに彼女は頬を膨らませていた。


   ◇      ◇      ◇


 メルゲンス内で収容された遺体のうち、ハルゼト軍籍を持っていたのはチェルミ・エイホラの一人だけであった。それ以外の人質は連れ去られたと目されている。

 ただ、デードリッテの証言から彼らも民族統一派のエージェントであり、脱走工作に参加していたのは判明しているので、拉致されたとはサムエルも考えていない。


「で、その女の遺体はどうしたんだい?」

 司令室にやってきたマーガレット・キーウェラ戦隊長が尋ねてくる。

「ハルゼト軍に引き渡しました。民族統一派だとは言及していないので、どういう処理になるかは分かりませんけどね」

「それなら普通の戦死扱いになるんだろうね」


 得体のしれない組織像に困惑はする。しかし、深く追及するつもりはない。ハルゼトが紛争から身を引いてしまうと派遣任務の主旨がずれてしまう。ゼムナ遺跡奪還はあくまで秘密裏に終わらせなくてはならない。


「情報部の報告書によると、チェルミは組織の中核にいるような人物像ではないのですよ。どうにも読めません」

「誰の思惑なのかねぇ。ここまで手こずるとハルゼト国民が何を望んでるか分からなくなるよ」

「アゼルナンとしては民族融合が根幹なのかもしれません。ですが、それを強く押しだせば星間銀河圏で生き残れない。彼らなりにバランスを取っているつもりなのでしょうか?」


 サムエルにはそんな綱渡りなどいずれ破綻するとしか思えなかった。

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