第七話
憎悪の鎖(1)
この日は
五日後に交代ということになっており、クルーはメルゲンスの厚生施設を目当てに下艦。それぞれに楽しんでいた。
フードコートの一席にはいつもの面々。メイリー小隊の三人とデードリッテ、それにタデーラも加わっている。
「あーあ、ユーリンちゃん、誘ったのにフラれちゃったし」
優男がこぼす。
「仕方ないんじゃない。他の
「ナビオペ組はね。連携も必要だしね」
「タディもいるのに失礼!」
人好きのするユーリンに比べたら凛とした印象が強い。しかし、タデーラも相当の美人だとデードリッテは思っている。
「いやいや美人さんですよ、作戦参謀殿も。お近付きになりたいとは思いますけど……」
珍しく言葉を濁す。
「幹部クラスだからって尻込みするんだ?」
「
「うわ、やめてよ、リーダー。そ、そんなことないから」
慌てて否定するエンリコ。
「だったら、この前、アゼルナの連中にしたみたいに気迫を見せなさいよ」
「あーははー、どうなんだろうねー。
「慣れていますよ。私もそれなりに現場を経験しているので」
面を隠している漆黒でさらさらのまっすぐな髪を自然に指でよける。そこには少し恥ずかしげに頬を紅潮させた横顔。エンリコは目を真ん丸にして見つめている。
「んじゃ、ぼくと付き合っちゃう?」
「ばーか」
条件反射のように告白する男をメイリーが窘める。
「走り過ぎなんだよ、あんたは」
「そ~そ~。すぐ浮気しそうな人なんか嫌だよね~?」
「でも、守ってもらってるので。頼りにしています」
タデーラは穏やかな笑みを浮かべて言う。
「おー……、じゃ、結婚しちゃう?」
「一撃で墜ちてるんじゃないわよ、このお馬鹿!」
さすがにメイリーも手が出た。叩かれたエンリコは顔を顰めながらも笑っている。釣られて笑う新入り女性士官が皆に打ち解けてくれたようでデードリッテも嬉しかった。
「ここ、美味しいでしょ? 見つけといたの」
黙々と料理を口に運ぶ人狼にも笑いかける。
「ああ、美味い」
「これも美味しいんだよ」
フォークに刺した肉を差し出すとブレアリウスは噛みとっていった。
タデーラの手が止まる。垣間見える白い牙に怯えを見せる黒い瞳。覚らせないようにか、また黒髪で横顔を隠す。
「ブルーが怖い?」
そうとしか見えない。
「ごめんなさい。
「優しいよ」
「先入観はいけないとは思うんですけど……」
本人も反応してしまう身体に戸惑いを感じているようだ。
「大丈夫なのに~」
「ディディーの飼っている大型犬が横で食事してるとでも思ってくれ」
そう言われた彼女はきょとんとしている。そんな自嘲の言葉が狼の口から出るとは思っていなかったらしい。捕食者のプライドとして、
「慣れます。お気遣いありがとう」
見惚れるような笑顔。タデーラの中で印象が一気に変わったのだろう。
(あ、ちょっと失敗だったかも)
デードリッテは後悔する。だが、仲良くしてくれるのは嬉しい。ない交ぜな気持ちが胸に渦巻く。
食事を済ませた一同は厚生モール内を移動する。他にも様々な店舗が軒を並べ、ショッピングに興じるクルーが大勢歩いていた。
「あ、あそこの一角はまだ探索してないんだ。行ってみる?」
彼女が指差すと、微妙な空気が流れる。
「いやー、あそこはディディーちゃんには縁がないかもねー」
「ええ、知らなくてもいい場所ですよ」
「え~、なんで~?」
タデーラまでもが顔色を変えている。
「エンリコが好きな、可愛い女の子がいっぱいいるとこ? 行ってみたら楽しいかも」
「……あそこは男女が愛を確かめ合う場所です」
耳元で囁かれる。
戦闘艦内はスペースが限られる。尊重されるパイロットでさえ相部屋が常識。一部の幹部だけが個室を持つのが普通だ。デードリッテのように特別扱いされなければの話。
そんな環境下でも異性、中には同性での恋愛関係は守られなければならない。禁じてしまえば長期の航宙任務などストレスで破綻する。戦闘艦では場所の確保が上手に折り合いがつけられており、それは彼女も心得ていた。
「あ……、えと、そういうとこ?」
「はい、機動ドックくらいスペースに余裕があれば施設として設けられます」
専用設備らしい。思わず顔が熱くなる。
「だからね、ほら……。ディディーちゃんはまだ」
「ぶー! ……あ!」
専用区画から出てくる男女の姿。それが見知った顔だったから継ぐ言葉を飲み込んでしまった。
「ミード?」
それは小隊専属の
「ディディーちゃん! それとウルフ! いや、みんな?」
「ははーん、そういう感じだったのかー。ミードも隅に置けないねー」
「な、いや、これは!」
腕を組んでいた女性が顔を真っ赤にすると、そそくさと背後に隠れた。しかし、全員が確認している。情報処理エンジニアのシンディだった。
「付き合ってたの?」
「そのー……」
前にレーザー通信装置の実験をしたときのペア。彼女は二人がそういう関係だったとは知らなかった。
「あれからよく話すようになって、それからさ……」
「あれ? わたしが原因?」
シンディが顔を覗かせると真っ赤なままで目礼をよこす。どうやら感謝されているらしい。
「あぅあー。お、お幸せに!」
「ありがと。じゃ!」
気まずそうな半笑いでミードは彼女の肩を抱いて去っていった。
(そういうとこで、あの二人が~)
デードリッテは妄想が翼を広げるのを止められなかった。
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