憎悪の鎖(2)

「こーら、意識がどっか行っちゃってるわよ?」

 デードリッテはメイリーに肘で小突かれ我に返る。

「何考えてるんだか」

「にゃ、何も考えてないもん!」

「説得力ないですよ、ディディー」


 タデーラまでが意味深げな微笑を浮かべて覗きこんでくる。一気に恥ずかしくなって身体が熱を帯びた。


「うらやましい?」

「うらやましくなんか……」


 憧れはあるが、これまでは許される環境ではなかった。注目を浴びないですむのは実家と自宅兼研究室だけ。とても異性と付き合えたものではない。


「ん? ブルーを誘ってみる?」

「はぅ!」

 背筋がピンと伸びる。

「案外優しくしてくれそうですしね」

「あぅ!」

 両手で顔を覆う。

「ふんふん、興味があるわけかぁ。見ため的にはちょっぴり早い気もするけどお年頃だもんねぇ」

「ひゃぅ!」

「ブレ君、ディディーちゃんが中を見てみたいって。一緒に入ってほしいそうだよ?」


 当の人狼は背中を向けて恋人たちを見送っていた。聞こえていなかったかと安堵する。


「どしたの?」

「何よりだと思った。いつも無理ばかり言っている」

 ミードの幸せを願っていたらしい。

「で、どうする?」

「あれの中か?」

「そーゆーこと」


(聞こえてた~!)

 嘗めていた。さすがの人並み外れた聴力である。


「不要だ」

「んん? 一緒に入りたくないわけ?」


(……わたしに興味ないんだ)

 一気に萎える。ちょっと涙が出そうになった。


「あれの中は自室と変わらん。せいぜいシャワーが付いているくらいのはずだ」

「まあ、そうだけどさ」

「ならば自室でいいではないか」


(はぅわ! それは隠す必要もないってこと?)

 今度は一気にあがった。

(でも、エンリコさんがいつ帰ってくるかもしれないのに)


「へいへい、僕も気を遣うつもりはあるよ」

「要らん。居てもいい」

「おーっと、そいつは豪気だね」


(見られてもいいの~!?)

 思わず「ひゃっ!」と声がもれる。


「いやいや、もっと気にしなよ。若い娘には刺激が強すぎるからさ」

「なんでだ? 俺もディディーも見られて気にするようなことではないと思う」


(するする~。無理~)

 もう恥ずかしくて何がなんだか分からない。


「そういう趣味には合意が不可欠だと思うよ、ブレ君」

「二人ですることなど、毛並みの感触を楽しむか匂いを嗅がれるかくらいのもんだ。恥ずかしくはない」

「ブレ君……」


(…………)

 頭が回らない。

(どういう意味? まだ異性と思われてないの? そういう傾向あったけど、未だにペット感覚で接していると思ってるの?)

 長い長い溜息が出る。


 メイリーとタデーラも呆れた目で狼を見ている。しかし、ブレアリウスは視線の意味を理解していないようだ。


「もー! エンリコさん、嫌い!」

「えっ、ぼくなわけ?」

「ひどい! 大っ嫌い!」

「いやいや、僕は関係な……、いっ!」

 メイリーに耳を引っぱられている。

「うんうん、こいつが悪いね」

「ええ、エンリコさん、いけませんよ?」

「そーんなー!」


(はぁ~)

 彼女にしてみればそれどころではない。

人間種サピエンテクスを恋愛対象として見られないのかなぁ。どうすればいいの~?)


 不思議そうに小首をかしげるブレアリウスの仔狼アバターに、デードリッテは溜息が止まらなかった。


   ◇      ◇      ◇


「ありゃあ、しゃべったりしないよ」

 マーガレット・キーウェラ戦隊長の言に司令官のサムエル・エイドリンは苦笑い。

「でしょうね」

「情報部員が詰問したり宥めたりと手慣れたふうに聞きだそうとしてるがね、敵意と牙をむき出しにしてだんまりさ。むしろ聞きだす側が命の危険を感じてる」

「そうは言っても、あまり強引な尋問もできませんからね。本件の星間法違反は国家犯罪であって、個人の人権は守られないといけません」

 それが星間管理局の主旨である。


 捕虜にしたアゼルナ軍パイロットは三百十四名。メルゲンス内部の留置区画に押しこめてある。数名ずつ連れだして、おざなりに秘密にしている基地や工廠の位置、作戦方針などを聞きだそうとしているが埒が明かない。最初から知らないか、知っていてもしゃべらない。


「彼らから得られる情報なんてたかが知れてますからね」

 期待はしていない。

「ハイパーネットはこっちが握ってる。宙区管理局の統合情報部の調べは付いてるんだろうさ。それならどうして鹵獲にこだわったんだい? あの新型の件、把握していたのかい?」

「知りませんよ。偶然です」

「どうやら『アルガス』ってアームドスキンらしいけど、大した代物じゃないって。ディディーなんて透過解析かけただけで興味を失っちまったよ」

 半ば放置されている。

「他に何が?」

「取り戻さなければならないでしょう、ゼムナ案件の根本たる存在を?」

「そいつは確かだけどね」


 メルゲンスの司令室内に白けた空気が満ちる。マーガレットもそんな重要な情報を末端の兵士が知っているとは思っていないのだろう。


「知らなくても構わないんです」

「捕虜と交換交渉するつもり? あのエルデニアンってのはブルーの兄貴でアーフの若武者みたいだけどさ、ゼムナの遺志との交換に応じると思うかい?」

「難しいでしょうね」

 彼も望み薄だと思っている。

「ですが、我々には他にも取り返さなくてはいけないものがあるではないですか」

「ああ、そっちかい。なるほどねぇ」

 彼女もようやく納得顔になる。


 サムエルは軍帽をとって会心の笑みをみせた。

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