アゼルナの虜囚(15)

 各所に見られる銀色のパーツにビーム光を反射させながらアゼルナの新型アームドスキンが迫る。胸部には赤い曲剣のエンブレム。アーフ家の紋章だ。


 駆け出したかのような前傾姿勢。腰だめの力場剣ブレード。カメラアイの奥からにじみでる気迫。どれもが記憶の中の兄エルデニアンと一致する。


(それに速い)


 隔てる空間を一足飛びに接近するアームドスキン。輪郭に空気によるけが感じられない宇宙空間は距離感を狂わせる。ターゲットアイコンに示された離隔表示の桁数が冗談のようなスピードで減っていった。


「ブレアリウスぅー!」

「く!」


 核力をも消滅させる金閃が走る。下手に受けようとすれば弾かれるだけ。彼は右手のブレードを渾身の力で振り下ろす。噛みあった剣身が紫電を閃かせる。音もなく滑る刃がお互いに紫光の弧を描いた。


 同時に向けあった砲口が青白い光を生む。両機とも弾かれたように躱し、離れたかと思うと再び激突する。

 ビームもかくやという速度の突きが放たれる。反射的に切っ先を合わせると剣身を下に流しつつ掬いあげる。手首を返しての切り返しの斬撃は力の乗りが甘い。力場盾リフレクタで受けて外に弾いた。


(さすがに格が違う。ホルドレウスのようにはいかん)

 一撃の重さに雲泥の差がある。無闇に受けるのも躊躇われた。


「生意気に剣らしきものを使う!」

 声が気合いとともに吹きつけてくる。

「気概も誇りも感じられないがな! 裏切り者にふさわしい!」

「俺は裏切ってない。最初から捨てられていた」

「イーヴ様の期待を裏切った。獣の血を呼び覚ましたではないか!」

 先祖返りをそう形容している。

「これは俺にはどうしようもないではないか」

「お前の性根がそんな形で表れたんだろうが! だから、あの優しいお方が死ななければならなかった!」


 上からの斬撃を右半身で躱しながら叩き落とす。そのまま肘打ちを放とうとしたが、身体が震えて止まってしまった。


「母は……、死んだのか……?」 

 ブレアリウスは何一つ知らない。

「お前の所為だ! あれほどの非難の目に耐えられるわけがなかろう!」

「せめて罪を問われず生き永らえていてくれればと思っていたが……」

「発覚から一年とせず自死された。お前が産まれなければ母とともにアーフ家を支えてくれたであろうに!」


 罵声とともに浴びせられたビームをリフレクタで受ける。脊髄反射で撃ち返すが牽制にもならない。兄の新型は連射を悠々と躱していく。

 横薙ぎが光盾を叩くとレギ・ファングが流される。小振りなアームドスキンなのにパワーはボルゲンと変わらないかそれ以上。脅威に感じる。


「アゼルナンの誇りを忘れたお前なんぞが血族に危害をくわえるか! 許されんぞ!」

 咆哮がブレアリウスの芯を揺るがせる。

「誇りなど与えられてない。俺が持っていたのは地下のあのスペースだけだ」

「見つけられなかっただけだ。そこに落ちていたものをお前は拾わなかった!」

「何も無かった」

「父上に尋ねたことがある。なぜ生かしておくのかと」


 エルデニアンの口調に苦々しさが混じる。それさえも不満であったかのように。


「おっしゃられたぞ」

 とどめの一撃が放たれようとしていた。

「自決するほどの覚悟がアーフの誇りとしてお前の中にあれば、一族の墓に葬ってやらない事もなかった、とな」

「……ん! ぐぅ……」

「逃げだしたお前は父上のご高配も裏切ったのだ!」


 機体には刃が及んでいないが、言葉の剣が彼の心を斬り刻んでいく。


「そんなの全部あてこすり! ただの八つ当たりじゃない! どれ一つとっても責任なんてない! 怒ってよ、ブルー! いいんだから!」

 少女の声が背筋を貫く。

「怒っていいのか、俺は」

「当たり前! 思い通りにいかなかったのを全部ブルーの所為にしようとしてるの! そんなの弾きかえして! レギ・ファングならそれができるから!」

「怒る……?」

 彼の中のアゼルナンの常識が邪魔している。

「こんなときくらい獣になって! わたしは絶対に怖がったりしない!」

「女に背を押されないと怒ることもできないか。情けない!」

「俺……は……」


 見かけだけで十分怖れられる。それゆえに自制を心掛けなければならなかった。激発すれば人間種サピエンテクスの社会では脅威でしかない。

 伝承に例えられるような存在にはなりたくなかった。内に潜む野生が外見として表れていると。進化に取り残された害悪だと。


「俺は……、負けられない。あんたにもだ、エルデニアン!」

「ほざけ! が!」


 金閃が打ち合わされる。勢いに紫電が機体までも及びビームコートを焼く。兄の必殺の斬撃も打ち返せる。レギ・ファングはそれだけの力を秘めていた。足りなかったのは彼の自信だけだ。


「るぅああー!」

「おおぅおー!」


 何合打ち合ったか分からない。ブレードグリップに伝わる反動が音として再現され、がつんがつんとコクピット内に響く。それがブレアリウスを高揚させていく。

 噛ませた刃を滑らせ、肘で顎をかちあげる。流れたエルデニアン機の左腕を取って腹部にビームランチャーを押し当てて撃ちぬこうとした。


「はいはーい、そこまで! 全機、武装解除に応じてねー」

 気付けばアゼルナ軍機はかなり数を減らしていた。

「誰が猿なんぞに!」

「黙れよ。てめぇはその猿の捕虜になるんだよ」

 珍しくエンリコがドスの利いた声で脅す。


 何と吠えようが、兄の機体はいつでもレギ・ファングが撃破できる状況。


「捕らわれの身だと。こんな屈辱を……」

「そんな屈辱を俺は八年間も味わった」


 牙の軋む音だけがオープン回線を通じてブレアリウスに伝わってきた。

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