アゼルナの虜囚(14)

 アゼルナのアームドスキン推定三千二百はハルゼト機動部隊を圧迫しつつ侵攻してくる。陣形からして両翼のGPF部隊が半包囲に移ると分かっているはずなのに強気に進めてきた。


(もし寝返るのだったら、ここ)

 司令官が指摘していたポイントにタデーラは集中する。


 予防策は取ってある。

 メルゲンス直掩艦隊の戦力六百は既に配置されているので、抜かれようが離反されようが一時的には持ち堪えられる。艦隊や機動ドックまで大戦力に入りこまれたりはしない。


「でも、少し脆い?」

 感想が口に出てしまう。

「うむ、いささか後退のペースが早いか。ハルゼトの三百、器用に立ち回っているようで数の差に対処しきれていないな」

「むしろ褒めてあげたいくらいですよ。急所と見て狙ってきましたね。ですが、こうも走れば両翼の皆は黙っていませんよ」

「あっ、牽制の戦列を崩壊させてほとんど挟撃に」


 中央突破を目して錐のように進むアゼルナ軍に対し、その縁に添うようにGPFのアームドスキンが攻撃をかける。左右からの厚い弾幕にアゼルナ軍は損害を出しはじめているようで、各所に光球が開いてはまた消えている。


「押されているように見えて優勢です」

 思わず声が弾んでしまう。

「このまま行けばな。ただし、我が軍は南北天を抜かせないよう幅広く展開しているだけ薄い。破られないよう注意しておきたまえ」

「分かりました」


 もっともなウィーブの指摘にタデーラは気を引き締めなおす。彼女の任務は素早く察知して通信士ナビオペに対処を指示すること。


「心配しなくても大丈夫~。タディ、見て。もう崩れる」

 司令官席を挟んで反対側の参謀予備席から声が聞こえる。

「右翼にはブルーのレギ・ファングがいるもん。ほら、切り込んでいった。そのままだと分断されちゃうよん」

「ほんとだ。錐の先端が崩れてきてる。真ん中は抜けてるけど絞られてる感じ?」

 妙に戦場慣れしている少女が解説してきた。


 最初は技術者特有の傲慢なところがあるのかと思ったが、話してみると驕った部分は欠片もない。年が近い所為もあって非常に話しやすかった。

 姉のように対して慕ってくるデードリッテはすぐに打ち解け、彼女を愛称の「タディ」で呼ぶようになった。タデーラも私的な場面では「ディディー」と呼ぶようになっている。


「前後に分断されます。突破した敵機五百七十!」

 中継子機リレーユニットが測定した値を読みあげる。

「ハルゼトのロロイカが左右に展開。包囲陣を形成しようとしています」

「我らも五百を振り分けて包囲に協力。それ以外は後続の侵攻を阻止しなさい。先行部隊を鹵獲させます」

「はい!」


 当初の作戦とは違う展開になっているが流動的なのは戦場の倣い。臨機応変に対応するのは彼女も学んできている。


「違う意味で脆い。ハルゼト軍が上手く機能したというべきですかな?」

 戦況のわりに副司令の声は重い。

「汚名返上のためにあちらの司令官が張り切ったと思いたいところですね。が、油断するのは早計でしょう」

「ともあれ、このまま鹵獲できれば僥倖ですな」

「ええ」


(鹵獲にこだわってる。なんでかな? ボルゲンの分析はディディーがほとんどやっちゃったって言ってたから分解解析は必要ないはずなんだけど)


 タデーラには幹部二人の会話の意味が理解できなかった。


   ◇      ◇      ◇


「うげげ! あれって新型?」

 エンリコが変な声を出している。


 ユーリンからの指示通り包囲側の戦力に加わったメイリー小隊は、先行部隊の中に小振りな機体を見出している。ボルゲンの厚い層の中に隠れて発見が遅れたようだ。


「警戒厳に! 不気味な感じ」

 メイリーも殺気立った。

「仕掛ける。援護頼む」

「マジまじ? うー……、仕方ないか」

「ブルー、慎重によ」


(最終的に新型あれをぶつけようとして急いたのか?)

 ブレアリウスも敵の侵攻が強引すぎると感じていた。


 左翼から分断に貢献したロレフ機を含めた主力は後続の阻止を担当している。結果的に包囲部隊側で有力な機体はレギ・ファングになってしまう。


「たぶんディディーがデータを欲しがる」

「はいはい、そうですよねー」

「欲しい! 無理しなくてもいいけど。サムエルさん、鹵獲しろって言ってるし」

 遥か彼方から少女の意見が割りこんできた。

「鹵獲か。状況次第だ」

「こっちにも統合データ入ってきた。難しかったら逃がしても良いって」


 中継子機リレーユニットの映像解析では判別できなかった新型も、各機のガンカメラ映像の統合データから確認したらしい。機敏な判断は現場を楽にしてくれる。


(とはいえ、あの位置に新型がいたということは、相応の人間が乗っているということだな。おいそれと逃がすわけにもいかない)

 やれるだけはやってみるべきだと彼は思う。


 新型アームドスキンにせよ高位のパイロットにせよ、確保できれば効果は大きい。サムエルが何を意図しているかまでは解らないが、尽力するに価値はある。


(なんだ?)

 ヒゲがピリピリする。危険が迫っていると感じた。

(くるか!)


 スラスター光を派手にまき散らしたかと思えば、新型のうちの一機が機体をひるがえして襲いかかってくる。明らかに狙い定めて。


「青いアームドスキン! お前か、ブレアリウス!」

 オープン回線が吠え立ててきた。

「この声、エルデニアン兄か?」

「お前に兄と呼ばれるのも腹立たしい! ここで引導を渡してやる!」


 ホルドレウスから感じた嘲りとは違う憎しみがブレアリウスの身体を貫いた。

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