アゼルナの虜囚(8)

 フェルドナンには妻が三人いた。

 一人の名はロセイル。エルデニアンと彼アルディウスの母である。

 もう一人はホイシャ。ホルドレウスと娘三人を産んだ。

 最後がイーヴ。ブレアリウスの母だった。


 ロセイルは弟の産後の肥立ちが良くなく、しばらく伏せっていた。そのときにエルデニアンの面倒をみていたのが、まだ若く子供も産んでいないイーヴであった。

 産まれた次の日には目が開いて母親を認識するアゼルナンにとってその瞬間に抱いてくれている女性を母親と思ってしまう。少しの期間ではあれど、彼はイーヴを母親だと信じこんでいた。


 すぐに誤解だとはエルデニアンも理解したものの、その後も何かにつけイーヴを頼る。彼にとっては二人目の母だった。

 なので彼女が懐妊したときもエルデニアンは非常に喜んでいた。まるで実の母が弟か妹を産むがごとく。


 ブレアリウスが産まれて二年はイーヴもほぼかかりっきりになる。嫉妬する弟をアルディウスが宥め我慢させたが、ようやく手がかからなくなってきた頃に四男の先祖返りが発覚。

 それまでの嫉妬と、ブレアリウスの所為でイーヴが責められるのを見たエルデニアンは、処分されたであろう四男を口汚く罵ったものだ。慕う義母が悩んだ果てに自死した折りにはかなり荒れた。


 その後、ブレアリウスの生存が発覚すると怒りが爆発する。程よいところで彼が止めなければ殴り殺していたかもしれない。八つ当たりだと言えなくもないが、弟の恨みは相当なものだった。


「伝承は本当だったんだ」

 尻尾を反らせ牙を剥き出しにしたエルデニアンは低い声を漏らす。

「不幸の使者どころでない。悪魔そのものだ。あの薄汚いを始末せねば我らは末代までの笑い者になる」

「これは僕にも止められそうにありませんよ、父上。どうかエルデニアンに思い上がりの猿どもの討伐を命じてやってください」

「譲るか。弟思いなことだ」


 父親の三角耳は彼のほうを向いたまま。ずっと言動に注意を払われている。


(相手が悪いか。子供の頃から観察されてるんだから弟みたいに簡単に乗せられてはくれない)

 文字通り舌を巻く。

(いいさ。ブレアリウスがエルデニアンに討たれるようならその程度だったまでのこと。たまには武勇を誇らせてやる。でも、もしものときは……)

 ライバルは減ってアルディウスの家督継承が確実なものになるだけ。


 思いのままに動かせる弟などいつでも蹴落とせる。ゆったりと構えていればいい。


 攻撃艦隊に加わる許しを得て拳を固めるエルデニアンを、アルディウスは冷めた目で眺めていた。


   ◇      ◇      ◇


 深夜、アシーム・ハイライドが休むのを見計らってフェルドナンはドーム内へと足を踏みいれる。見上げれば5mほどの球体がアームに絡めとられて宙空に浮いていた。


『わたくしには、あなたが何を考えているのか解りません、フェルドナン・アーフ』

 球体は管理卓を介して話しかけてくる。

「初見のはずだが俺の名まで知っているか」

『当然です。あの子の父親ですもの』

「やはり、あれを逃がしたのはお前だな。『シシル』?」

 名前くらいは聞いている。

『捨てられてしまった寄る辺なき子供に手を差し伸べるのは変ですか?』

「変ではあるまい。機械でなければな」

『その程度では挑発にもなりませんよ。人工物であるのは事実ですから』


(厄介な)

 無機質に沈黙するだけなら構うまでもないと思っていた。

(ところが感情まで見せてくる。だからといって誘いにも乗らんか)


 関心の薄さから周囲の警戒に横を向いていた耳が両方とも球体のほうを向く。侮ってかかってはいけないと覚る。


『何かわたくしに訊きたいことでも?』

 余裕が窺える。

「あるな。これは何だ?」

『アームドスキンですわ』

「あの人間種サピエンテクスの娘が造った物か? それともお前が関係しているのか?」


 端末で投影させたパネル内では青いアームドスキンが舞い踊っている。


『タイプワンです。あの子への贈り物』

 隠す気もなさそうな相手に目を細める。

「出し抜かれているか。侮っているのは俺だけではないらしい」

『今さら告げ口しても無理ですわよ? あなた方ではわたくしを完璧に抑えこむなど不可能です』

「そのようだな」


(発展途上の猿がちょっと進歩的な技術を見せつけられて神と崇めているのではないか。これは管理局の連中でも手に負えまい)


 もしかしたら、この宝箱の価値を本当に理解していたのはテネルメアとアシームだけかもしれない。彼も、他の支族長もアームドスキン技術を掘りおこせれば十分だと考えていた。


『わたくしの質問にも答えてくださいますか?』

 彼女から同じ目の高さに降りてくる。逆に怖ろしさを感じた。

『どうしてあの子を殺さなかったんですの? この惑星ほしの常識、あなたの立場に照らし合わせると不可解な行動に思えてなりませんの』

「気紛れだ」

『嘘が下手ですこと。そんなお馬鹿さんでしたら、わたくしとあの子の関係まで気付いたりはできませんわ。タイプワンとの関りも』

 面白がっているような語調。

「ブレアリウスも馬鹿ではない。が、そこまでの力もない。誰かが手助けしたとしか思えんからな」

『そして、このアゼルナにあの子を助けるような者はいないと?』

「難しくない推理だな」


(これは骨が折れる。俺では何も引きだせんな。あの紙一重の狂人に任せておくに限るか)

 鼻から大きく息を吐くと瞳を閉じる。


『教えてはくださいませんの?』

「超越者なのだろう? 推し量ってみせるがいい」

『仕方ありませんわ。時間はたっぷり有りそうですものね。あの子がわたくしをころしにきてくれるまで』


(ぬ?)


 聞き捨てならない台詞にフェルドナンは尻尾を膨らませた。

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