アゼルナの虜囚(7)

「まったく難儀なことですね」

 サムエル・エイドリンは溜息をつく。

「自分もこれほど過敏な反応があるとは思っておりませんでした」

「ええ、僕も読みが甘かったと後悔しています」


 星間G平和維P持軍Fは基本的に地域に沿った活動をする。機材等はそうもいかないが、それ以外の日用品や食料品は出動要請を発した当事国の協力を仰ぐのだ。今回の場合、調達先はアゼルナンの国ハルゼト。

 超光速航法が可能なので補給線を確保するのは容易なのだが、地域の独立性を尊重する姿勢を示すために現地調達をルール化している。互いに協力して事に当たろうという体裁を整える意図である。


「物資を売り渋られるとは」

 ウィーブ・コーネフも難しい顔。

「ブレアリウス操機士が大々的にメディアにのってしまいましたからね。自分たちが禁忌としている存在を重用するとは何事かという市民感情の表れなのでしょう」

「民族文化も尊重してやりたくはありますが、これはいただけません。人権重視を標榜する星間管理局組織が地域文化にそぐわないからと彼を差別してはなりませんでしょう」

「はい。そこは譲れませんので僕も頭が痛いところです」


 補給がままならない、特に食料が困窮するようでは活動に支障が出る。それは絶対に避けねばならないので補給線の確保をGPFザザ管区本部に打診したら即座に好回答が来てしまった。


「タフィーゲル監督官の口添えがあったようです」

 管区管理局員でも上のほうの人物である。

「取材班の一件で迷惑をかけたと思っていらっしゃるんでしょうなぁ」

「お陰でとんでもない物が釣れてしまいました。機動ドック『メルゲンス』を送ってくるそうですよ?」

「メルゲンスですか。これはまた」


 ザザ宙区に二基しかない機動ドックのうちの一つが派遣されるのである。管理局サイドが本件をどれだけ重要視しているかが窺えた。


「生産設備もしっかりしています。物資に困る必要性は皆無になるのですが、いかんせんハルゼトから当事国意識が薄れていくのもどうかと思うのですよ?」

「身から出た錆と言ってしまえばそれまでですが困りますな。ハルゼト軍も同行させますか」


 全高で15km、最大径で10kmの巨大人口施設である。機動要塞ほどの自衛設備は持たないが、戦闘艦三百隻までの保守能力を有している。


「そうするしかなさそうですね」

 サムエルも微妙な面持ち。

「民族統一派の動きが気になるので要警戒ではありますが、他に手段はないように思われます」

「ついでに情報部員も送ってくれるよう言ってみますか」

「順当ですな」


 それだけの拠点能力がある施設。動かすとなればアゼルナ近傍へと進出するのが当然だろう。偵察艇を派遣できない現状打破にもなる。


(攻撃目標を我らに定めたようですから、ハルゼトへの派兵はなくなるでしょう。国軍の大部分を残しておけば事足りるはず)


 サムエルは戦場をアゼルナ近傍に移す方針を決めた。


   ◇      ◇      ◇


 父フェルドナンは、ここしばらく物思わしげにしていることが多い。戦況が一進一退であるのを思えば当然ではあるが、それだけでもないように思える。

 長子であるアルディウスからすれば能力の見せどころではあるものの、ここを利用しない手もないと考えている。


「父上、思い煩っているご様子。この僕がお手伝いしますよ」

「アルディウスか」

 軍本部ビルの執務室に入るとすぐに告げた。

「ホルドレウスの件は残念でした。しかも討ったのはあのブレアリウスと言うではありませんか。ここはアーフの矜持を保つためにも血族で天誅を下すしかありませんでしょう?」

「長子のお前自らが出るというか?」

「父上のご裁可がいただけるのでしたら」


(愚弟が死んだのなんかどうでもいい。むしろ、よくやったと褒めてやりたいところだけど、ブレアリウスあいつにはもうちょっと働いてもらわないとね)

 内心はおくびにも出しはしない。


「それは困る」

 第三の声が部屋の空気を震わせる。

ブレアリウスあれはオレが討つ」

「横入りは無しにしてくれよ、エルデニアン」

「駄目だ。アルディウス兄でもこれだけは譲れない」

 現れたのは次男のエルデニアンである。


(遠回しに匂わせる気だったけど、これは手間が省けた。こいつも直訴しにでもきたとこみたいだね)

 好機にほくそ笑む。


「もう許せん。あやつは血族の恥をさらすだけでなく罪を重ねてきた。絶対に討ち果たしてやる」

 尻尾を真横に張って闘志を漲らせる弟が強い語調で主張する。

「ずいぶんと鼻息が荒いじゃないか、エルデニアン。義憤に駆られる気持ちは僕にも分かるけどさ、戦場でのこと、ホルドレウスも不名誉を被ったわけじゃないと思うけどね?」

「甘いぞ、兄よ。あの一族の面汚しめを誅殺せねばアーフの名誉は地に落ちる」

「へぇ。確かに怒りの度合いでは負けていそうだ。君がどうしてそんなに憤っているかは分からないけどね」


(何となく予想はつくさ。どうせあの女性ひとへの感情もあるんだろう?)

 歯噛みする弟の様子を窺う。


「あいつは……」

 耳が忙しなく震え、言いにくそうにしている。

「あいつはあのお優しいイーヴ様を死なせた。それに留まらず兄の命まで奪うという大罪を犯したのだ。許せるわけがないではないか」


(ほらきた。予想通りだね)


 思い通りの言動をとる弟を、アルディウスは愉快でたまらないと思いつつ三角耳を向けた。

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