アゼルナの虜囚(6)

(まだ若いのう)

 テネルメア・ポージフは最前まで議長室を訪っていたアーフ支族長の様子を思い出す。

(訝っておったから話したが、唯々諾々と従う気はなさそうじゃの。儂の未来予想図を危険と思っておるのじゃろう? 隠し切れておらぬぞ)


 危険を察して耳が寝ようとするのを必死に抑えようとするばかりに、首周りの豊かな毛並みが余計に膨らんでいた。権力の座で様々な人を観察し続けてきた彼にしてみれば、内面が透けてみえる仕草。


(最後の一線を守らねば立ち行かぬと思っておるはずじゃな)

 展望の全てを肯定したわけではない。

(上手くいかん、もしくは己が意図とは違う結果に進むと考えておる。そうとも限らんのだ。話しておらん事実があるからの)


 宝箱を発見したのは偶然ではない。訓練艦隊が第六惑星に赴いたのはテネルメアの指示があったからだ。彼の元に届いた出所不明のメッセージには、時間と座標が明確に書かれていた。


(興味本位で拾わせてみれば、とんでもない宝物だったわけじゃ)


 最初は何か解らなかったが、自ら解放を訴え警告を発する宝箱に期待を抱く。驚くべき中身を想像させて、たてがみが逆立つのを堪えきれない。が、容易には開かない。

 業を煮やしたころに再びメッセージが舞いこむ。そこにはアシーム・ハイライドという人間種サピエンテクスへのアクセス方法が記されていた。


(解るか、フェルドナンよ。あれにも敵がいるという意味じゃ)

 その思惑が彼に宝箱を渡したがったのだ。

(新宙区の遺跡の破滅を望んでおるのか、星間銀河に騒乱をもたらしたいのかは知らぬ。そんなものは関係ない。結果的に、儂に有利に働くか否かじゃ。欲しいものが手に入るなら敵の思惑なんぞ知ったことではない。徹底的に利用するだけ)


 老狼が望むのは失地回復でも民族の誇りの維持でもない。人間種えさに高所から見下ろされない椅子である。星間銀河を彼ら支族会議、ひいてはテネルメア個人の前に屈服させねば気がすまない。


(捕食者であることを忘れて猿と手に手を取って未来を目指す気などないぞ。あるのは我が牙を怖れて震え、命乞いをする姿のみじゃ。その為ならどれだけの惑星ほしを砕こうが構わぬ)


 テネルメアは誰やもしれぬ敵の思惑に乗ってみるのもやぶさかではなかった。


   ◇      ◇      ◇


 作業の合間の息抜きにカフェテリアにしかない甘い飲み物を取りにいったデードリッテ。ついでに顔を見ておこうかとトレーニングルームに立ちよると、碧眼の人狼は無心に素振りをしている。


(あ、ふさぎ込んでるんだ)

 頭の後ろあたりで空中に座りこんだ仔狼のアバターはうなだれている。


 駆け寄るとすぐに三角耳が彼女のほうを向く。人間種にはなかなか感知できないが、彼らアゼルナンは足音の癖ひとつでその主を察知するらしい。


「無理してない?」

 問いかけると、狼はウレタンスティックを持つ手を垂らし熱い息を吐く。

「こうでもしてないと落ち着かん」

「いても立ってもいられない感じ?」

「彼女を放りだして自分だけが幸運を享受しているのはしのびない」


 青空の瞳が憂いに翳る。仔狼も遠吠えの仕草をしていた。


「苦しんでるのかな?」

 人目があるので彼女も声をひそめ、シシルの名を出さないようにする。

「おそらくな」

「人工的な知性でしょ? どのくらい感覚があるんだろうね」

「分からない」

 申しわけなさげに耳が寝る。

「が、俺の苦しみを理解していたということはつまり……」

「肉体的な苦痛にも通じているってことだよね」

「精神活動が主体だろう。それだけに拘束されるのは肉体を持つ者より過酷に感じるのではないかと思う」


(ほんとだ)

 指先さえも動かないよう固められているようなもの。

(人間だったらおかしくなっちゃう)


「でもね」

 理解はできるがナイーブなブレアリウスの心が病むのも心配だ。

「ブルーがずっとつらいと感じるのも違うと思う」

「…………」

 真意を問うように無言でじっと見つめてくる。

「逃がしてくれたんでしょ? だったら幸せになってほしいって願っているはず。その彼女が自分のことで悩んでばかりだって知ったら逆に悲しむんじゃないかって思ったの」

「そうかもしれない」

「忘れて楽しめって言ってるんじゃなくて、時には笑っていないと余計に負担に思っちゃうんじゃないかな?」


 体温を逃がすために出していた舌が収められる。薄くではあるが、口の端が笑みの形に変わった。


「ね? ほら、甘い物でも飲んで頭をスッキリさせて」

「ああ」

 受け取ったドリンクパックに鼻先を伸ばした。

「ありがとう」

「ううん、いいの。わたしも頑張るときは頑張るから」

「頼む」

 

 ひと口飲んで返される。ちょっと頬を染めながらドリンクパックの吸い口に桜色の唇を近付けた。


(自然に頼られるの、嬉しい。お互い認めあってるって確かめられるから)


 口中に入ってきた甘い液体が余計に美味しく感じられる。気持ちひとつで味が変わるのだから人間の味覚などいい加減なものだとも思ってしまう。


(ねぇ、ブルー? わたしが感じてるこの味、あなたも同じに感じてる?)


 それに関しては自信が持てない。嗅覚や聴覚でこれほどに差が出るのだから味覚にも差があると思ったほうがいいだろう。

 人間種サピエンテクス獣人種ゾアントピテクスの間にある溝は精神論だけではない。感覚の差異でさえ容易にいくつも挙げられるのだから社会の理想に隔絶が起きても当然かもしれない。


(でも、同じ人間なんだから互いを知ることができるもん。わたしとブルーも絶対に同じ気持ちを抱きあえるようになるはずなんだから)


 伝われ、と願いながらデードリッテは隣に座る狼の大きな身体に寄りかかった。

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