アゼルナの虜囚(5)
「が、怖れるべきは星間管理局だけではない」
フェルドナンは言葉を重ねる。
「この意味、解らぬほど老いてはいまい?」
「ふっ」
テネルメアは鼻息をひとつ。
彼を見る目が愉快そうに細まる。つまりこの老狼も理解しているということ。
「ゴート協定第十四条か?」
「無論だ」
もったいつけても意味がない。
「そのほうも、あの宝箱を協定違反対象だと読んだか」
「それ以外に考えられん。中身がアームドスキンの部品とあればな」
「余程の間抜けでなければ自明の理か」
正確には情報だ。しかし引き出せるのが断片になっているので「部品」と称した。
「危険性は弁えておるぞ」
「俺はむしろそちらが問題だと思っている」
懸念に耳が震える。
「お前の言う通り、
「うむ、儂も同意見だ。だがな、事を構えたくないのは我らだけではない。管理局も同じ。気付いたとしても、徹底して隠蔽したまま処理しようとしておるはず」
「ふむぅ」
テネルメアの想定も納得に値する。規模が拡大するまでの時間的猶予はありそうに思えてきた。
「なるほどな」
憂慮に忙しなく上下していたヒゲも落ち着きを取りもどす。
「それでも有るのは猶予でしかない。展望がないままでは俺もやりにくいのだが?」
「あるぞ、展望なら」
「む?」
注意を引かれ、三角耳が議長のほうを向く。
「宝箱の由来を知っているか?」
「先史文明の遺産であろう? 新宙区の技術革新を導いてきた」
「そうだ。その先史文明はどうなった?」
フェルドナンもそこまで明るくなかった。素直に「知らん」と答える。
「根付いていた惑星は今や恒星を回る岩石環礁帯と化しているそうだ」
想像の海を漂っていた視線までも持っていかれる。
「事実なのか?」
「嘘をついても仕方あるまい? そうなる原因があの宝箱の中に納まっていると思わんか?」
「むぅ……」
テネルメアの言わんとしているところは理解できる。つまり、惑星一つを岩石レベルまで破壊する技術があるということ。
かつてアゼルナがそうであったように、核反応を用いる兵器を保有していた文明を問えば枚挙に暇はないとされている。対消滅弾頭とともに核弾頭も国際条約で禁止兵器とされているし、現在は鈍足な物理弾頭などいくらでも迎撃手段があって事実上無効化されている。
保有していたどの文明も過去は開発競争の末に数万発の核兵器を有していた時期もあり、使用すれば故郷の星を破壊できると言われていた。ただし、それは例え話でしかない。
大量の核弾頭で破壊できるのは、正確には惑星でなく文明だけ。焼き尽くせるのは地表の一部に過ぎない。比較にならない質量を持つ惑星規模の天体を粉微塵に破壊できる兵器など史上存在しないのだ。
「存在するのか、そんなものが」
「存在しなければ理に適わんであろう? その兵器は宝箱の中に眠っておる」
厳かに告げられた。
「儂はそう考えた」
「ぐ、それが切り札の中の切り札になると?」
「ならん訳がない。惑星でも破壊できるなら、数百数千の艦隊など小猿の首をひねるも同然」
思わず怯えに耳が寝てしまう。想像しただけでそれほどの恐怖。この老狼はそれを掘り起こすだけでなく使用までする気概を持っているらしい。
(解っているのか、この御仁は? そこまですれば帰り道はない。恐怖で支配するしか体制を維持する術は無くなる)
帝国でも築こうというのだろうか?
(仮に存在しても使用してはならない兵器だ。此奴の手に握らせてはならん。抑止力に留めるにも俺が御さねばならないか)
興奮を覚らせないよう、膨れた尻尾を身体の裏に隠す。
「理解した。それならばアゼルナの覇権の道も絵空事ではない」
「そうであろう?」
テネルメアが口角を上げる。
「新宙区の猿どもの気が知れぬわ。ちょっと考えれば宝箱の中身も分かるというのに手を出さぬとはな」
「あそこの人類はあの球体の中身を神のごとく崇めていたようだぞ。お前が予想したのと同じ結論に達したとしても、神が与えたまわらぬ技術は自分たちにはまだ早いと考えていたのではないか?」
「そうだとしても間抜けに過ぎんと儂には思える。その気になれば星間銀河圏を支配できたかもしれぬのにな」
フェルドナンは曖昧に頷いておく。
(過ぎた野心は身を滅ぼすと彼らが悟っていたからでなければいいがな)
心中で呟く。
(我らは踏み込んではならないところへ踏み込もうとしているのかもしれん。その領域にあるのが破滅だけだとしたらどうする?)
平静を装えるくらいには落ち着いてきた。
(それでも今の星間銀河の在り方には一石を投じねばならん。俺ももう止まれないところまで来ているか)
「邪魔をした」
「構わぬよ。そのほうも胸に納めておかねばならぬ事柄だ」
相手から銀眼を逸らして辞去を告げた。
(戦闘記録にあったあの青いアームドスキン)
廊下を歩きつつ思いおこす。
(証言通りならあれにブレアリウスが乗っている。あの比類なき性能を感じさせる機体に)
引っ掛かりを覚えて尻尾がまっすぐに伸びる。
(GPFの量産機とは一線を画している。もし、あ奴のバックにも同じ宝箱が潜んでいるのだとしたら? 我らの策動は遺跡側にも知られていると考えたほうがいい)
想定の一つとして胸に留めておかねばならないとフェルドナンは感じていた。
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