戦場の徒花(14)
「へいへーい、隊員としての初ギャランティだよーん」
「一応説明は受けていたけど本当みたい」
通りかかったカフェテリアの前でエレンシアはそんな声を耳にする。金髪のくせっ毛を長めにした青年と黒髪ロングの女性パイロット。同じテーブルについているのは狼頭の男。そしてその横に座っているのは目標にしていたホールデン博士その人である。
「見て見て、
「あたしも
「おおー、さすが操機長さまは高給取りですなー」
デードリッテが人狼の持つ端末を覗きこんでいる。狼頭のパイロットが頷き、何かを言うと彼女は楽しそうに笑いさざめいていた。
「ねえねえ、ディディーちゃんってどのくらい儲けてんの?」
親しいからこその無遠慮な質問。
「えーと、権利関係だけで毎月
「ぎゃー! 桁が話にならないくらい違うー!」
「当然だろう」
おどけて踊る青年を皆が笑う。
「でも、税金いっぱい払わなきゃだし、どこの企業にも所属しない個人事業だから、研究開発費も自分持ちだよ~?」
「それでも使い切れない額じゃんさー。ひゃー、ディディーちゃんを嫁に欲しいとか言ったらどれだけ稼いでなきゃいけないわけ?」
「ん~、結婚相手の条件?」
口角が上がり、瞳が蠱惑的な色を帯びる。窺うように人狼の顔に視線を送った。
(こ、小娘だと思っていたら、こんなに女の顔をしているの!)
初めて見るデードリッテの表情。
(十八の娘があの美形司令官になびきもせず、狼なんかにぞっこんなわけ? 人と狼よ? 捕食者相手に恋をする? 気が知れないわ)
そんな固定観念が働いて、エレンシア自身、彼女をまともに観察していなかったことに気付く。それが今回の失敗の最大原因だろう。
(社からは撤収命令が来てしまったし、もう何もできない)
戻ればきつい叱責が待っていることだろう。現場から外されるかもしれない。人気が出てからフリータレントとして各局で働いたり、容姿を武器に政界進出する夢は遠のいた。
(破滅? いえ、まだまだよ。これから盛り返してやるんだから。憶えていなさい、小娘)
にらみつける相手の面はほころんでいる。
「お金なんてどうでもいい。自分を誇れる仕事に就いてくれているなら」
本音かと疑うような台詞。
「あと、世界一わたしを大切にしてくれるならそれだけでいいかな」
人狼の襟元の毛に顔を埋める。半分のぞいた表情は年相応のあどけないものだった。
(みてなさい)
踵をひとつ鳴らしてその場をあとにした。
◇ ◇ ◇
「おや、もう下艦なされますか?」
「ええ」
取材許可日数は一日残っているが
素知らぬふりをしているサムエルだが、もちろんそうと分かって待ち受けていたのだ。通りすがりを装って言葉をかける。
「この度の取材内容がどんなふうに報道されるのか楽しみにしておりますよ」
「せいぜい期待しておいてくださいな」
そうは言うが、デードリッテの熱愛関連の報道は雲散霧消するだろう。政治の隠蔽体質は声高に非難する彼らも、自らの臭いものには蓋をする。マスでディアの姿勢などその程度のもの。
「今後もアルバイトに勤しめば取り返せるなどとお考えにならないことです」
すれ違いざまに耳元へと囁く。
「ヨルン・ゴスナント教授とメネ・カイスチンファーゲン教授には中央管理局から警告が行われているはずです」
「な!」
「この戦闘単位の統括責任者は僕です。通信ログひとつでも、知りえない情報などどこにも存在しないのですよ」
震える肩にそっと手を置く。
「一般社会のようにプライバシー保護が徹底されているなどと思わないことです。取材先なら、もっとしっかり勉強なされることをお勧めしますね」
「う……、あ……?」
「戦場において何も生みださない『徒花』とは、害にしかならない貴女のような方のことですよ」
ふらりと傾いだ身体がうずくまる。慌てた二人の男性クルーが支えて立たせるが、足元もおぼつかないままよたよたと歩いていくだけ。美貌を誇ったその顔は一瞬にして十以上も年を取ったかのように翳っていた。
(ただでさえ厄介な案件なんですから横槍を入れないでください)
氷の視線を送りこむ。
(これに懲りたら……、いえ、もう無理そうですね)
視線を切ったサムエルは軍帽を被りなおすと何事もなかったように通路を歩いていった。
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