戦場の徒花(11)

「よく考えてください」

 エレンシアの言葉はデードリッテには毒のように感じる。

「わたくしが調べた限り、将校Sさんは未婚です。博士も当然未婚。お二人が不埒な関係に及んだのではないのですよ?」


 彼女は皆に投げかけているように見せてデードリッテに聞かせている。大人しく彼らが望む文言を口走れ、と。


「これは喜ばしい事実・・なのです。わたくしたちは博士を祝福したい。視聴者にも伝えて喜びを共有したい。そう考えているのですわよね?」

 論調を悟った記者たちは一様に頷く。

「だから真実をご自身の口から聞きたいのです。女性として多くの方々に祝福されたいと思う気持ちは同じだと思うのですが?」

「勝手に祝福しないでください。事実と異なると重ねて言っています」

「素直に認められたほうが共感は得られると思うのです。それとも、おおっぴらにできない感情が博士の中にはおありなんですか?」

 言葉で詰め寄ってくる。

「例えば、ホールデン博士が一方的に想いを寄せていらっしゃるだけだとか? 彼の心をつなぎとめるためにアームドスキン開発に心血を注いでいるとか?」


 言葉に含まれる毒が劇薬に変わっていく。赤い唇の針がデードリッテに注ごうと狙っていた。


「だとすれば同じ女性として心を痛めてしまいますわ」

 わざとらしい同情的な視線。

「とても祝福できる関係性とは言えません。もしかして自覚がおありなんでしょうか?」

「自覚?」

「恋情が自分を縛っていると。情欲に溺れて殺戮兵器開発に注力し、Sさんに操られていると解りながらも抜け出せないと。人類の未来に貢献できない、破壊しか生みだせない戦場の徒花と化してしまった自覚がおありだから、公に二人の関係を認めるわけにはいかないという心の動きですわ」


(間違ってた)

 デードリッテは戦慄する。

(ここでは理屈なんて欠片も通用しない。ただ悪意だけが支配する場所だった)


「怖い……」

「はい?」

 小さく首を振りながら後ずさる。

「こんな……」

「困りますね。いい大人が寄ってたかって成人したばかりの年頃の女性をいたぶるなどいただけません」

「サムエルさん」


 青年司令官に軽く肩を押される。よろけた先にはブレアリウスが待っていた。しっかりと受け止めてくれる。


「僕は誠心誠意お願いしたつもりでしたがご理解いただけなかったようで残念です」

 サムエルは冷たい視線を投げつける。

「あまり前線を混乱させるのは利敵行為になりますよ? それとも星間法に基づく我らの作戦行動に正当性は認められないとお考えなのでしょうか?」

「いや、そこまでは」

「ですが自重してくださらなかったのは事実です」


 気おされるが記者たちも思いなおす。話題の中心たるもう一方の人物が出てきてくれたのだ。


「では閣下にお尋ねします」

 気を取り直した記者。

「ホールデン博士を独占利用している理由をお教えください」

「利用? ご協力いただいているのですよ。管理局の要請です」

「と言いながら、彼女の恋情を見抜いて操っているのではないかという疑いを持たれているのです。我々は視聴者の代表として真実を明らかにせねばなりません」

 指を突きつけて主張する。

「貴殿も専門家なのですから昨今の情勢はご存じでしょう? 星間管理局はアームドスキン開発を急ピッチで進めています。それはゴートという新宙区に対し、予想される過当競争を防ぐ目的」


 サムエルは臆すことなく説明する。デードリッテに頼るのは星間銀河圏の平穏を保つために必要不可欠なのだと。


「管理局が注力するなら、下部組織であるGPFが全面協力するのが筋でしょう? ですから僕はホールデン博士に最大限の能力を発揮していただけるべく努力は惜しんでいません」

 公明正大な行為であると手を広げて胸を張っている。

「どんな難しい注文でもお応えしたいと思っています」

「そ、それは閣下との男女の関係だとしてもですか?」

「望まれるのなら考えましょう。ですが彼女は僕に恋愛感情は抱いておられない様子。寂しい限りです」

 手の平を上にして頭を振った。

「なので器量を見せて、博士のご要望ならどんな深夜でしょうが何時間でしょうが受け止めるしかないのです。これが僕の職務ですから」


 全く揺るぎない声音で滔々と語る。つけいる隙も感じられない。


「戦場の徒花? 何をおっしゃっているのでしょう。博士は心底から星間銀河の平穏を望んで努力してくださっています」

 彼女を手で示す。

「それなのに雑音がその崇高な仕事の妨げになっています。もしかして貴殿らは、少しくらいは宇宙が騒がしいほうが仕事になるとお考えなのでしょうか? だとしたら問題ですね。星間警察にお出ましいただいたほうがよろしいですか?」

「とんでもない! 我らとて平和が一番と考えておりますよ」

「ではGPFの仕事ぶりにご注目くださいね?」


 彼の弁舌の前に取材班は押し黙るしかなかった。


   ◇      ◇      ◇


(してやられたわね)

 他社は完全に黙らされた。

(サムエル・エイドリン、食えない男。まあ、いいわ。小娘のほうには恐怖を刷りこめたもの。ちょっと揺すっただけで思い通りに踊ってくれるはずよ)


 守りは固いがやりようがないわけではない。批判を避けて排除の方針でもなさそうだ。期日いっぱいまではまだチャンスがあると思っている。


 エレンシアは次善の策を巡らした。

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