戦場の徒花(10)
デードリッテの要望で記者会見が開かれることとなる。会議室の一つが会見場に設定され、取材班はそこに集められていた。
(動画を作ってもいいけど、わたしが一方的に主張するだけだと嘘で誤魔化そうとしていると思われちゃう。きっとそれじゃ収まらない)
決意をもって別室で待機している。
「本会見の開催はホールデン博士のご厚意である。もし、席を立って詰め寄るような行為に及んだ場合は即刻排除するので心しておくように」
(たぶん、今度は強引なことはしてこないと思う。でも、言葉を引きだそうとしてくるはず。舌戦なら少しは頑張れる)
場合にもよるが、論文発表などほとんどディベートじみた展開になるケースも少なくない。そんな世界で生きてきたのだ。
(やることは同じ。相手の主張の穴を突くだけ。黙らせてやるんだから)
体温が上がって、彼女なりの戦闘モードへと移行していく。
臨時の会見場に入っていくと、音もなくカメラマンのウェアラブルカメラが録画をはじめる。赤や黄色の録画ランプが次々と灯っていく様は、まるで闇に潜む獣がその瞳を輝かせているかのよう。デードリッテに食い付こうと虎視眈々と狙っている。
「まず最初にお断りしておきます」
肺に空気をしっかりと溜めてから口を開く。
「わたしとGPF将校の男性とは交際などの関係性はありません。皆さんがどう思っているかはともかくそれが事実。わたしがそう認識していることを前提にお答えしますので、質問のある方はどうぞ」
各社の記者の口元には薄笑みさえ浮かんでいる。自分たちに都合の良い文言を彼女にしゃべらせようと作戦を練っていると思われた。
「交際の事実はないとおっしゃりましたが、あの映像には将校Sさんの私室を訪れる様子が映されています」
挙手した男性記者が質問する。
「プライベートな関係がないと私室を訪れるような用件があるとは思えないのですが?」
「私室に行ったのは事実です。あれは公務上の問題解決に向けた打合せでした」
「作戦指揮を担う司令官と、技術顧問として招聘された博士に公務上の接点はないように思われますが?」
あの女性記者を除けば、ここに集まっているのは軍事部門を得意とする記者ばかりである。有する知識に基づいた質問が飛んでくる。
「アームドスキン開発に関しまして多様な便宜を図っていただいています。発生する問題はもちろん、要望等も直接伝えてほしいと言われておりますので」
嘘はない。
「ですが、それはあんな深夜でないといけないような事項ですか?」
「あなたがおっしゃったように、わたしと彼では公務上全く異なった職務に就いています。互いに多忙な身の上、邪魔をしないよう配慮して深夜の時間を選びました」
「私室内でお二人はどのような状況でお話しになられたのですか? ベッドルームで、とか?」
別の男性記者が下卑た笑みを刷いて質問する。
極めて下品な発言にも関わらず、彼女を囲む記者たちには諫める空気さえ漂わない。むしろ面白がっているかのように思える。
「普通にソファーでお話ししました」
デードリッテは嫌悪感しか覚えない。
「二時間もですか?」
「あれは……! 何の証拠もありませんが、時間的には二十分ほどだったと記憶しています」
「おや、おかしいですね。まるで事実を伝えるべき報道機関が偽装をしているかのようにおっしゃる」
いけしゃあしゃあと言い募ってくる。
(常習犯の癖に)
そう思うが口には出さない。
「他に質問は?」
話題が切れたところで振る。
「銀河の至宝たるホールデン博士ともあろうお方が、危険な戦場に長期に身を置いてまで研究開発に勤しむ理由は何でしょう?」
「そう呼ばれているのは存じていますが自分が特別だなんて思ってはいません。わたしとしてはいつも通り実践主義的な研究を進めているつもりです」
「命を顧みず研究に打ち込む姿勢には敬意を抱きます。アームドスキン開発はそんなに魅力的なのでしょうか?」
意外と普通の質問がきた。
「ご理解いただけるかは分かりませんが、アームドスキンには可能性と美しさを感じています。とても魅力的です」
「Sさんとどちらが魅力的でしょう? その辺りを詳しく伺いたいのですが」
(そう来る? 何て下世話な!)
落胆が胸をよぎる。
ほとんどが軍事関連が専門の記者だと思っていたが、そう考えて対応するのは無理らしい。新たに芸能ゴシップ関連の記者を送りこむのが無理だと知った各社は、視察を許された記者に特ダネを持ち帰るよう厳命しているようだ。
「……完成された機構に感じる美しさはご理解いただけないようですね」
言葉に棘が混じる。
「いえ、それは理解できるのですよ。ですが異性に感じるそれとは全く別種のものでしょう? 博士がどう考えておられるのかお伺いしたかっただけです」
「司令官はとても立派な方です! 人間として敬意を持ちますが、それ以上の感情はありません!」
「研究が恋人、恋愛感情など持ち合わせていないとかおっしゃらないでしょう?」
視線が顔に突き刺さる。微妙な表情の変化を捉えようとしているのだろう。
「わたし、普通の十八歳です。だからこそ星間管理局からお請けした公務に私情を挟まないよう努力しています」
「それはつまりプライベートであればSさんのような男性に興味をお持ちだということですね?」
(ああ言えばこう言う! ほんとは私情がたっぷり入っているけど。どちらかといえばあなたたちのほうがよほど職務に忠実よね!)
吠え散らしたい気分になる。
「皆様、そんなに攻めたてるようなことじゃないではありませんか」
いよいよ口を開いたエレンシアを、デードリッテは不気味に感じた。
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