戦場の徒花(9)

(さあ、いつまでこもっていられるのかしら?)

 エレンシアはほくそ笑みつつデードリッテの研究室の前で待ち受ける。


 今や取材班に属する報道各社が張り込み中。熱愛の件に関してはZBCにすっぱ抜かれたものの、次は後れを取るまいと必死だ。


(ほんと単純。ネタだけ仕込んでやれば自分で動かなくったって追いこんでくれるんだもの)

 彼女がその場にいるのもポーズでしかない。他社を躍起にさせるため。


 そうしていると女性クルーの一人が食事を運んでくる。研究室は用途上バスルームや寝室を付随させてある部屋に割り当てられているようだが、食事だけはどうしようもない。


「中に入れてくれ」

 記者の一人が食い付いている。

「できない。ここは博士の知的財産権を守るべき場所。我らも立ち入らない」

「じゃあ、出てくるように取り次いでくれよ」


 随伴してきた警備隊員二人がドアの前にバリケードを作る。中に入っていったのは女性クルーだけ。


「ご許可のない限り、君たちの意見は受け入れられない」

 警備隊員は全く取りあわない。

「いいからどけよ!」

「市民の知る権利を阻害する気か!」

「横暴だ!」

 暴論が飛び交う。

「博士には説明責任があるはずだぞ!」

「邪魔するならGPFが市民の敵だということになるぞ!」


 それぞれが出鱈目を言いながら詰め寄る。警備隊員も頑として譲らない。


(当然ね。もうちょっとけしかけてやらないと駄目みたい)


「強引なだけでは通じないでしょ。博士も女のわたくしになら素直になってくれるんじゃない? 通してくださる?」

 彼女がひと声あげると全員が気色ばむ。

「これ以上ZBCだけに先を越されてたまるか! いくぜ!」

「数で押し切れ!」

「やめなさい! 全員、退去するんだ!」


 扇動されて後先考えない記者の群れは暴徒と変わる。押し問答が激化して衝突と化す。そうなると数の多いほうが有利になる。


(記者相手にさすがに武器までは使えない。もらったわ)


 警備隊員を押し退けた記者やカメラクルーが研究室に押し入っていく。庇うように立ちはだかる女性クルーの背後に怯えたデードリッテの顔が覗けた。


「博士ー! 司令官とはどんな関係で……、うげ!」

 コメントを迫ろうとした記者の男の頭がむんずと掴まれた。

「何しやがる! これは暴行だ! きっちり証拠は押さえて……、ひぃ!」

「博士は本艦で公務の遂行中だ」

 振り払おうと視線を向けた先には狼の頭部が待っていた。

「これは公務妨害行為である。諸君らが乗艦時に記した誓約書に基き、軍規に従い処罰されることになるが構わないのだな?」

「放せー!」


 記者は人狼に片手で吊り上げられている。その目には恐怖しかない。


(あらら、番犬が来ちゃったのね)

 エレンシアの眉が下がる。


「はいはーい、それまで。これ以上はほんとに捕まえちゃうよ」

「痛い目みたくなければ下がりなさい」


 パイロットらしい数人が分け入ってきてデードリッテを保護する。そのまま連れていく様子。


「今回は警告に留める」

 人狼が記者を放りだす。

「次はない」

「ぐ……」


 意気盛んだった取材班の面々が完全に委縮している。仕方ないだろう。彼の瞳は捕食者のそれ。被捕食者えさは本能的に抵抗できなくされる。


(あーあ、詰め切れなかったわねぇ。戦闘要員がガードするようになると手を出しにくくなるじゃない)

 落胆が先に立つ。

(まあ、いいでしょ。あの怯えた目。じきに降参するしかなくなるわ。所詮は小娘だもの)


 エレンシアは無理せず身を引いた。


   ◇      ◇      ◇


 デードリッテが周囲を固められて連れてこられたのはメイリーの部屋。


「わあああー!」

 外聞もなく泣き出し、ブレアリウスに縋る。


 抱きついたシリコンラバーの向こうには硬い筋肉の群れ。今はそれが心強い。どうしようもなく心細かったのだ。


「すまん」

 悪くもないのに謝るのは狼の優しさの表れ。

「ガードがままならなかった」

「これからはここで寝起きなさい。二十四時間ガードしてあげるから」

「ここならぼくたちの部屋も近いからすぐに駆け付けられるからさ」

 しゃくりあげる彼女に安心するよう声掛けが続く。

「怯えなくてもいい。GPFに君の敵はいない」

「そうそう、パイロットはもちろん、整備士メカニックや機関士だって腕っぷしは強いから心配ないよ」

「幹部だって頭を使ってくれてるのよ」

「でも……、サムエルさんも……、迷惑かけちゃったし……」

「気にしてない。公務妨害で拘束すると脅すのは司令官殿の案だ」


 ブレアリウスたちはもちろん、自分の所為で巻きこんだと思っていたサムエルまで彼女のために心を砕いてくれているらしい。


「……大変じゃない?」

 あちらも似たような状態だったのではないかと思う。

「司令官なら大丈夫。幹部エリアは無理に入りこめないようしたから」

「だよー。入ろうとしたらスパイ容疑で即拘束って感じ」

「自分のことだけ考えろ」


 皆は知恵を絞って自分の身を守ることを考えているのだ。余裕を彼女に振り向けてくれている。大人だと思えるとともに、子供であることを実感させられる。


(このまま甘えてるだけじゃいけないんだ。自分のことなんだから自分で決着つけなきゃ。これ以上迷惑かけられない)


 狼の胸を泣き濡らしているだけでは彼を救うなんて夢のまた夢。いつまでも子供がペットを欲しがっている延長だって思われる。一人の女性としてブレアリウスの前に立てない。


 デードリッテは一つの決意を胸にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る