戦場の徒花(12)

(わたしって馬鹿)

 デードリッテはつくづく呆れる。

(これは自分の戦いだって、自分で解決しなきゃって思いこんでた。こんなにいっぱいの人が助けたい支えたいって思ってくれてるのに、勝手に孤独な戦いのつもりだったんだもん)


 サムエルは完全に追い込まれて危険な兆候を見せた途端に割って入ってくれた。ブレアリウスは打ちひしがれ恐怖に震える彼女を抱きとめてくれた。メイリーやエンリコが速やかにパーテーションの影に引き入れてくれた。ロレフがよく頑張ったって褒めてくれ、マーガレットが落ち着くように飲み物を渡してくれた。後ろではコーネフ副司令までもが記者が覗きこまないよう警戒してくれている。


(こんなに多くの手に支えられてるのに独りで頑張ればなんとかなるって信じこんでたんだ。今までがそうだったから。でも、今の私は違うんだった)


 思わぬ悪意にさらされることがあれば善意に囲まれて支えられることもある。一人で戦う必要なんてこれっぽっちもなかった。


(わたし、こんなに弱くて、そして、こんなに強いんだ)


 強くなるのは簡単だ。ただひとこと言えばいい。


「ねえ、ブルー、私を助けて」

「何でもする。言え」

「うん、お願い」


 分厚い胸板に額をこすり付けて嬉し涙で濡らした。


   ◇      ◇      ◇


(お世辞にも上出来とは言えないけど、まだリカバリはできる。そのために各社とも図って生中継とかしなかったんだもの)

 エレンシアは先見の明を誇る。


 隣ではディレクターが編集作業中。後半の司令官にやりこめられた部分は使えないが、前半のデードリッテで顔色を変える部分は十分使える。切り貼りすれば、彼女が弁明に終始したかのごとく編集した素材ができあがるのだ。それを流せばいい。


(さぞや優秀な司令官さんなんでしょうけど世間を知らなさすぎるわ。マスメディアの怖ろしさ、存分に教えてさしあげる)


 脅したって無理なのだ。一度走りはじめた彼らは容易に止められない。


「エレンシアさん、マズいです!」

 カメラマンの若者が飛びこんでくる。

「なにごと? あなた、食事を済ませたら手伝うって言ってたじゃない」

「それどころじゃないですよ! ホールデン博士の実験動画、新しいのが一本アップされました!」

「は? それがどうしたの。こっちが会見の様子を編集して流す前に、個人的に弁明した動画でもあげたの? そんな粗い出来のもの、プロの手際に勝てるわけないわ」


 から騒ぎをする。彼もディレクター希望らしいが、とうぶん修業が必要だろう。


「違います! 観てくれれば分かりますから!」

「騒ぎすぎ。まあいいわ。観せなさい」


 コンソールに取り付いたカメラマンは大きめの投影パネルを立ち上げると動画の再生をはじめた。


『こんにちは、デードリッテ・ホールデンです』

 数時間前に半べそをかいていた小娘とは思えないにこやかな笑顔だ。


(あら? さしづめ深刻な面持ちで出てくるかと思ったのに。強がり?)


『一部報道でわたしの話題が持ちあがっていることと思います。皆さんに心配かけたくないんで、この動画を作りました。この通り、わたしはいつもと同じく色々頑張ってます』


(ほら、強がってるだけで弁解する気なんじゃない)

 エレンシアは嘲笑する。


『まるでアームドスキン開発ばかりにかまけているように扱われていますが、普段の研究開発もやっているんですよ?』

 傍らにいくつかの投影パネルを表示させる。

『これ、仮想生体シミュレータです。実験的に作りだした薬剤を経時観察状態にして逐一データを取っているんです。人体での臨床をはじめる前には危険性を排除できるよう、時間をかけてこれをやります』


(はいはい、弁解ご苦労さま)


『今日の動画は趣向を変えてわたしの信条について深く知ってもらいたいと思っています』

 少し色合いが違うようだ。

『さっきの話も関係あるんですよ。薬剤っていうのはあまり開発者の名前までは公になりません。製薬会社の開発室で大勢の人間が実験をくり返して作られているケースが多いからです。どこどこの誰チームが開発したって言われても興味ありませんよね? 薬効さえ保証されれば投与される側としては十分ですから』

 彼女は同意を求めるように首をかしげる。

『そんな感じなので、わたしが作った薬でもわたしの名前を冠していないものはたくさんあります』


(なに? 自分を攻撃するなら使わせなくするぞって脅すつもり?)


『薬って紙一重なところがあります。投与する量を間違えれば命にかかわる物も少なくないです。というか、そんなのばかり。作るときにはできるだけ副作用とか気にしますけど限界があるんです。わたしの薬で誰かが死ぬこともあるでしょう』

 真剣な表情になる。

『依存性も強い物があります。使い方次第で非常に危険です。それでも薬剤開発をやめる気にはなりません。投薬事故で亡くなる方より、ずっと多くの人を救えていると信じているから』


(自己正当化でもしたいわけ?)


『薬も道具に過ぎません。使い方ひとつで命を奪うのも可能。それを踏まえたうえで、わたしは薬剤開発にも力を注いでいるのです』


(何となく読めてきたわ。そんなんで理解を得られると思う?)


 アームドスキンも同じだという論調で攻める気だろう。だが、薬品と兵器ではあまりに違いすぎる。

 彼女の中ではそう変わらないつもりでも、世間一般から見れば比較対象にはならないと分かっていない。


(お粗末ね)


『道具は使う人次第です。それがどんな人でも』

 画角が広がり横に動くと、ソファーに腰かけている人狼の姿。


(ん?)


 エレンシアにはその番犬に何の意味があるのか咄嗟に理解できなかった。

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