生きる意味(8)

 厳しい状況ながら、繊細な扱いが必要な議論になった。それゆえに司令官のサムエル・エイドリンは当面の箝口令を課す。間違ってゴート宙区に伝われば即開戦がないとも言い切れない。


 重くなる皆の口に、デードリッテも言葉を挟みかねる。ちらりと隣を窺えば、優しい狼の頭上のアバターである仔狼が首のたてがみを盛大に立てていた。


(怒ってる)

 彼の生い立ちを聞いたあとでは仕方ないと思う。


「ディディー」

 そうしていると青い瞳が彼女を捉えた。

「そのアームドスキンを建造するのは可能か?」

「ちゃんと見てみるけど、たぶん大丈夫。急ぐ?」

「無理は言わない。だが力が欲しい。シシルを救いだす力がどうしても必要だ。頼めるか?」

 ブレアリウスの表情は憎悪に歪んではいない。

「やってみる。ちょっと待ってて」

「ああ」

「自分からもお願いしたい」

 承諾を告げると副司令のウィーブからも要請される。

「高性能アームドスキンの量産化は可能だろうか?」

「あー……」


(シシルに託されたんだから、これはブルー専用ってことなんだよね)

 そんな気がしてならない。

(でも、逆に設計図で渡されたんだから転用しても大丈夫って意味なのかな?)

 どうとでも判断できてしまう。


「機械的には可能だと思います」

 もう一度細部まで指を滑らせて確認しながら言う。

「機能的にはどうかな? オペレーOションシスSテムのほうは専門外なんでブロックごとに何をさせてるかくらいしか読めないんで」

「それは彼に頼みましょう。アウルド技術主任はそちらの出身ですので」

「見せていただいても?」


 同席していたアウルド技術士官が投影パネルを引き受けてスクロールさせた。所どころストップさせては詳細に検討している。


「ああ、無理ですね」

 一ヶ所で引っ掛かった彼はすぐに結論を出した。

「設計図のアームドスキンにこのOSはおそらく必須ですが、ブレアリウス操機士の個人認証が噛まされています。コピーしても起動しません」

「認証を外すのも不可能か?」

「セキュリティロックのように様々な機能に絡めてあります。ここに手を入れると正常な運用を保証できないですね」

 お手上げというジェスチャーを交える。

「さすがに人知を超えた存在と言うべきでしょう。降参ですか」

「あ、でも構造を反映させるのは難しくないかも」

「ほう? それは良いニュースですね」


 夢中になって設計図を読んでいたら、つい気安い口調になってしまった。


「実際に造ってみて再現可能か検証してからですよ」

 デードリッテは舌を出しながら説明する。

「時間がかかりますか。現状打破の材料にと思ったんですけど」

「ごめんなさい」

「俺からも頼みがある」

 話題を変えるようにブレアリウスが口を挟む。

「シュトロンのフィードバックなんだが、実駆動以上は難しいんだろうか?」

「実駆動以外のフィードバックとは?」

 ソフトウェアの範疇なのでアウルドに任せる。


 操縦時の実駆動フィードバックは行われている。それは各関節に設置されている駆動信号発生器インパルスジェネレータと制御部の駆動信号解析機インパルスアナライザによって割り出されてパイロットに送られているのでハード面も関わっている。

 ただ、その処理に関してはソフトウェアの領分なのでデードリッテには解らない。アウルドの専門分野だ。


「衝撃を受ければ反動があるだろう? 駆動させたときの感触はσシグマ・ルーンやフィットバーに反映されている」

 そこまでは彼女も解る。

「なのに相手から受けた衝撃は反映されない。実感できんと不便なんだが」

「反動まで必要なものなのですか?」

「格闘戦においては重要なファクターになる」


 彼は相手の攻撃強度から、それが本命の攻撃なのかフェイントの一つなのかを判断するという。反動が感じられないとそれが読めないと言うのだ。


「そういうものなのですか?」

 格闘は不得手らしくサムエルは副司令に尋ねている。

「ブレアリウス操機士の言う通りです。かなり重要な要素ですね」

「それは困りましたね」

「実装できないものだろうか?」

 アウルドはすぐに無理ではないと断言する。

「無理ではないのですが何か妙ですね。しばらくお待ちを」


 技術士官は資料を取り寄せて目を通している。その口の端がピクリと動いた。


「申しわけありません。オリジナルには実装されています」

「それはどういうことです?」

 サムエルも片眉をあげた。

「OS開発はオリジナルのコピーではないのです。中央管理局技術部がシュトロンに合わせて独自開発しているのです」

「その過程で外されたと?」

「おそらくソフトウェア開発技術で新宙区に劣るはずもないとゼロから着手したのだと思います。エンジニアが白兵戦を知らないがゆえに最初から考慮もされていないのでしょう」

 数名の口から溜息が漏れた。

「プライドが邪魔して機能劣化を招きましたか。抗議しておきましょう。あなたに頼んで早急な実装は可能でしょうか?」

「お任せください。オリジナルからコピーして組み込むだけですよ」

「全機に実装をお願いします」


(シュトロンは本来の性能を発揮できていないのかも?)

 OS面に不安を感じてアウルドを見る。彼も同様に感じたのか目礼を寄越した。オリジナルと比較して見直しをかけてくれそうだ。


 これでデードリッテはシシルのアームドスキンの建造に注力できると思った。

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