生きる意味(9)

 解散後、司令官室の住人であるサムエル・エイドリンは立て肘に組んだ手の上に顎を乗せている。副司令のウィーブ・コーネフは、その頭脳が高速回転している時だと分かっているので沈黙を守る。


「これほど厳しく、かつ興味深い任務になるとは思いませんでした」

 ひとつ失笑した後のサムエルの台詞。

「心中お察しします」

星間G平和維P持軍Fは暇をさせてくれません。これだから辞められない」

「転属のお誘いはあるのですね?」

 問うが無言で返される。肯定だろう。

「さてと、一つ問題を残しています」

「なにか?」

「今のままではあのアームドスキンを彼に渡すわけにはいかないということです」


 造るだけ造らせておいて奪って手柄にするなどと下世話な欲得に走る人ではない。何らかの関門があるのだろう。


「GPFで新型の高性能アームドスキンを造っておいて、それを傭兵ソルジャーズの彼に任せるというのは無理があります」

 言われてみればもっともだ。

「ホールデン博士が独自に彼専用として開発したという方便もあり得ますが、いささか厳しいでしょう。機材を私物化したという印象は免れ得ません」

「最悪、彼女に気に入られれば専用機が手に入るなど、よからぬ噂が広まるかもしれませんな」

「というわけで、まずはこちらに引きいれましょう」

 つまりはブレアリウスがGPF隊員でないと困るという意味。

「その辺り、お任せします」

「承知いたしました」


(それもゼムナの遺志のパートナー、協定者を味方にしておくという思惑も含ませておいでですね)


 ウィーブはしたたかな司令官を心強く感じていた。


   ◇      ◇      ◇


「巻きこんで悪かった、グロフ医師」

「気にしない」

 女医は頭を下げている人狼の茶色い鼻を指で押している。

「医者に守秘義務はつきもの。日常茶飯事よ。恩に着るならたまには君の身体を診せてちょうだい」

「特段かわらんと思うが」

「そんなことないわ。結構変わってる」

 そう言いながら太くて硬いヒゲを引っぱっている。

「もういいでしょ! 先生もお忙しいんだから解放してあげないと」


 デードリッテはブレアリウスの大きな背中を押して遠ざける。


「んふふ、じゃあまたね、ディディー」

 見透かされたような笑いに少し苛立つ。

「はい、また今度。パイロットのブルーは先生のお世話にならないほうがいいけど!」

「つれないのねぇ」


 そう言いながらアマンダは医務室へと帰っていった。


「君はもうσシグマ・ルーンを着けるな」

 見送った彼が向き直って咎めてくる。

「シシルが君に被害を与えるようなことはしないと信じたい。だが彼女の状態が分からない」

「そうだね」

「切羽詰まって無茶としないとも限らない。俺は専門的なことは解らないが、頭に間借りしているような状態になるのだろう?」

 優しい狼はデードリッテの身を案じているようだ。

「ちゃんとオペレーション用に中身を改造するから許して。思考スイッチだけ使えればいいの」

「ううむ」

「大丈夫。障害が出るほど深層にはアクセスできない構造になってるから」


 新宙区ではずっと運用されていた器具。安全性に関しては心配していない。今回はシシルが特殊な使用をしたのだと思っている。


「ところでね」

 話を強引に変えて注意を逸らす。

「気になってることが一つ」

「なんだ?」

「ブルーはどうしてそのまま『アーフ』を名乗っているの? 違う姓を名乗ったほうが風当たりは弱くなると思うけど」


 外見から明らかに先祖返りなので大差はないのかもしれない。それでも彼が「アーフ」を名乗るかどうかで心象は変わると思う。


「アーフ家の俺はもう死んだことになっている。この姓は外で生きていくうえで必要になるだろうとシシルが作ってくれたものだ」

 現実に彼の国籍はアゼルナやハルゼトではなく『ランナ』という近隣国家のものになっている。

「別のものにしてくれたらよかったのにね」

「たぶん本当の姓を名乗ることで、誇りをもって生きろという意味だと思ってる」

「そうかぁ。負い目を感じさせないためかぁ」

 深い思慮が感じられる。

「当面の生活費も彼女が工面してくれていた」

「うん、恩返ししないとね。私も全力で手伝うから」

「助けてくれ。君の力も必要だ」


(頼りにしてる。も―、仕方ないんだからぁ)


 デードリッテはまんざらでもない表情を浮かべた。


   ◇      ◇      ◇


 機動兵器は戦闘艦での運用を基準にしているので、全艦に工作設備も設置されている。いくつかの艦の設備占有許可をもらったデードリッテは新型アームドスキンの建造に入った。


 しかし、かなり要求精度が高い所為もあり全ての部品を仕上げるのには時間が必要。地上の星間管理局の製造設備まで借用してもなかなか集まらない。

 敗戦のあとだけに、できるだけ早く組み立てて情勢を変えたかった彼女の努力も虚しく、戦況は新たな局面を迎えようとしていた。


『我らは星間管理局の横暴な圧力も打ち破った! これは民族の誇りの勝利ともいえよう!』


 アゼルナの発信した映像はハイパーネットを通じてハルゼトへも届く。一人の青年がσ・ルーンのマイクを使って呼びかけている。演壇の彼は大きな身振り手振りで立ち並ぶ兵士を鼓舞しているのだ。


『立て、アゼルナンの同志たちよ! 欲得にまみれた民の叛逆を打ち払い、管理局の暴政に否を突きつけるのだ!』


 暗にハルゼトのアゼルナンを非難し、その背後にいる管理局批判へと繋げる。


『アーフの雄たるこのホルドレウスが皆に勝利を与えようぞ!』


 発言の主が拳を突き上げた。

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