生きる意味(7)
「つまり、不明とされている『ゼムナの遺志』の本体が危機的状況にさらされているのだと僕は思っています」
司令官のサムエルがさらに一つの推論を立てる。
「このアームドスキンの設計図しかり、ゴート宙区の軍事技術進歩度しかり、シシルたち人工知能はかなり高度な科学技術を有していると思って間違いないでしょう。それが脅かされているとしたら危険きわまりない。だから彼女は『殺せ』つまり破壊しろと言っているのではないでしょうか?」
「それじゃ『星間銀河が大変なことになる』っていうのは……」
「彼女を何らかの形で拘束している誰かが、全ての技術を独占しようとしているのだとしたら? ホールデン博士を乗っ取るなどという非常手段に訴えざるを得ない状況にあるとすれば?」
(とんでもないことになる!)
デードリッテも恐怖に駆られる。
「そして、その片鱗はすでに表れつつあると思うのです」
恐るべき推論は続く。
「なぜアゼルナがアームドスキン技術を保有しているのでしょうか? それはどこから手に入れたのでしょう? ここにいるブレオリウス君に救いを求めたのはなぜでしょう?」
「それは!」
ガツンという音が響く。隣の人狼が堅く握りしめた拳をテーブルに叩きつけていた。強度が高いからこそ破壊されずにすんだが、とんでもない衝撃だった。
「君が憤るのは当然です。でも、ここは自制していただけますか?」
白く鋭い牙をむき出したブレオリウスをなだめる。
「事はそれだけで終わらないのです」
「どういう意味ですか、司令?」
「事実ならこれはゼムナ案件ですから」
副司令のウィーブ同様、皆の頭の上に疑問符が浮かぶ。
「ゴート協定をご存知でしょう?」
「はい。あの宙区が星間銀河圏にくわわるに当たって結ばれた条約のはずです」
「その第十四条に違反することになります」
サムエルはその内容を表示させた投影パネルを準備してスワイプする。回転したパネルが皆に向けられた。
『ゴート協定 第十四条
ゼムナの遺志およびそのパートナーとなる協定者は、全ての法律、政令、条例、軍規などにより罰することはできない。
また、全ての司法権、行政権はこれを拘束、法の執行することを禁ず。』
「これは!」
ウィーブが震える。
「そうです。ゼムナの遺志が拘束されているのだとしたら協定違反。ゴート宙区と戦争になるでしょう」
「それは困ります! 少なくとも時期尚早です!」
「いいえ。どの時期であれ、あそこと争ってはなりません。まだまだ多くの技術を隠し持っていると僕は思っています」
サムエルは首を振って戒める。
「ともあれ現状、絶対に戦争をしてはならない相手です。ゆえに中央管理局はこの第十四条違反をゼムナ案件と呼んで厳しく禁じています」
「閣下が極めて深刻な事態とおっしゃったのはそういう意味だったのですか?」
「ええ」
頭脳明晰な青年司令官はその結論にまで即座に推理し危険視していたらしい。
「ですので速やかに解決しなくてはならなくなりました」
彼ほどの男が眉根を揉む。
「理解しました。ですが中央はよくこんな条項を飲みましたね?」
「ほんと。かなり一方的だと思いますけど」
「正直に言って、かなり危うげに感じてなりませんが」
ウィーブはもちろん、デードリッテも懸念する。
「相手が自己保身のために組み入れた条項なら局員も難色を示したでしょう。ところがゼムナの遺志や協定者と呼ばれるパートナーたちは、協定締結の場には出席していないのです」
サムエル曰く、十四条に示された彼らは各国首脳への仲介をしただけで、協定内容には一切関与していないらしい。その行いを誰もが正義だと考えているからこそ、その常識を知らない星間銀河圏の人間がゼムナの遺志と協定者の行動を星間法その他で裁くのを危惧して編み込んだ条項なのだという。
「基本的に宙区内で適用されることを前提としているとは思います」
「でしょうな。少しは気休めになりますか」
「ですが協定条項である以上、どこであれ適用されると考えるべきでしょう」
サムエルの解釈はもっともである。
「つまりはパートナーたる協定者が、一面的には法的に問題ある行動をとる事例が少なからずあるということ。しかし、それを阻害すれば最終的に悪行を正せないと彼らは認識しているのですね」
「そうも信用されている協定者なる人物とは?」
「そこまでは僕も知りません。ただし、この宙区加盟に動いた派遣団は彼らの行動を確認しています」
加盟に反対し、無謀な軍事行動を起こそうとした勢力があったという。対する協定者たちは未来を閉ざす行いとして、これを軍事的に一蹴したそうだ。
「とてつもない戦闘能力を有していたと回顧しています」
当時、サムエルは興味を抱いて注視していたらしい。
「通常の法規的措置では彼らを抑止するなど不可能だと思えるほどに」
「怖ろしいことをおっしゃる」
「真実のほどは分かりません。ですが僕たちはこれからその光景を目の当たりにするかもしれないのですよ」
そう言いつつ、彼はブレアリウスを見る。
「あ、もしシシルがゼムナの遺志だとしたら、そのパートナーがブルーだってこと?」
「そうではないでしょうか。事実、彼には設計図という形でアームドスキンが与えられました」
人狼の青年は静かなまま。ただ頭上の仔狼が耳を寝かせて尻込みしているので困惑しているのだろう。
(ブルーに送られたアームドスキン)
デードリッテはパネルに表示させた外形図に期待の目を向けた。
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