青き狼(5)

 アストロウォーカー、ラウヴィスの背後に回ってスパンエレベータに乗ると背部ハッチへと登っていく。リモート開閉ボタンを押すとハッチが下向きに口を開き、レールとともにシートがスライドしてくる。


「こんなふうになってるんだ」

「実物は見てないのか?」

「うん。開発室にあったのは、ただのシミュレータ。できるだけ寄せられないかと置いてただけ。結局無理だったの」


 相似性があったほうがパイロットには優しい。しかし、アームドスキンの細部にわたる機構は、その操縦系ありきの構造になっていた。無理に寄せようとすると齟齬をきたしてしまうため断念される。


「だからテスターの人が暇つぶしに使ってたんだけど、それ見てて適性がある人の共通点を見つけたの」

「アームドスキンのか?」

「うん」


(ブルーにその癖があったら適性は保証できる。でも、なぜか確実にあるような気もするの)

 デードリッテはそんな感覚を覚えていた。


 エレベータからシートにブレアリウスが移ると、それに合わせてデードリッテも乗りこむ。背もたれ裏には調整時に使うステップがある。


「一緒に乗るのか?」

「そうだよ」

「戦闘から戻って汗も流していない。臭くないだろうか?」

 心配する狼にくすくす笑いながら「平気」と告げる。


 シートはスライドして三次元ダンパーレール上に保定される。頼んだのはシミュレーションだけなのでヘルメットも着けていない。


「んじゃ始めるよー」

 メカニックのミードが操作してモニターには宇宙空間が映る。

「スタート!」

「揺れはしないが落ちてくれるな」

「はぁい」

 彼女は大きな三角耳に後ろから囁く。


 シート連動しない設定でシミュレーションが始まる。画面上に敵のアイコンが現れたかと思うと驚くべきスピードで大きくなりエネルギービームの線が引かれた。それに合わせてブレアリウスも機体を操作して応射を開始する。


(あぅー、そういうことかぁ)

 画面がクルクルと回転し酩酊感がやってきた。映像酔いだ。目を切った彼女は狼の手元に視線を移した。目的はそこ。


 アストロウォーカーの操縦はタッチパネル方式。両手を添えたところに投影式タッチアイコンが複数並んでいる。アイコンパネルも何通りか設定でき、スワイプして目的のアイコンにタッチしていく。

 アイコンに動作が割りつけてあり、選択して動作させる。繋ぎとなる中間動作はオートで行われ、滑らかに繋がるようプログラムされる。アイコンはパイロットの好みで配置できる仕組み。


 アイコンパネルの前には同じく投影式アナログパネルがあり、そこで指を滑らせることにより照準ができるようになっている。オートでのロックオンも行われるが、大まかな照準はパイロットの任意による。

 足元のペダルはサンダル方式になっていて、押したり引いたり横へ動かしたりして足の操作やスラスターの操作ができるが、今はそこは重要ではない。あくまで手元。


(やっぱり)

 ブレアリウスの指は意外にも繊細に動き、驚くほどの速度でタッチを繰り返している。しかし、傍目には無駄が多く見えるだろう。

(2~3秒に一回はキャンセルもしてる。多い時は毎秒くらい)

 しかも手元を全く見ていない。ろくに確認もしていないのだ。


 操縦が雑なわけではない。ほとんど感覚で操作しているという意味だ。

 正面に投影されているワイヤーフレームによる機体連動表示を見て、違うと思ったら即座にキャンセル入力をしているだけ。瞬間の判断で感覚的に操縦をする。ブレアリウスはそんなタイプのパイロット。


(手元に目を走らせながら堅実に操縦する人もいる。でも、そのタイプは大体アームドスキンの精神感応スイッチとフィットバー操作に苦しんでいたのよね)


 アストロウォーカーは明確な指示命令をして動く方式のロボット。砲戦が主だとすると動きのメリハリが重要で、感性は重視されなかった。大事なのは反射神経。

 対してアームドスキンは格闘戦も当たり前とするロボット。四肢を人体の延長とするような感覚的な操作を必要とする。タッチアイコンなどではとても追いつけない。


(決まり―! ブルーはやっぱりアームドスキン向き。それもとびきりの反射神経も持ってる。これは獣人種ゾアントピテクスの特性かも)

 デードリッテは確信する。


 何としても彼をシュトロンに乗せたい。この狼が操るアームドスキンがどんな動きをするのか想像するだけでドキドキする。


「五機まで撃破したぞ。まだやるのか?}

「ううん。もう大丈夫。私の見込んだ通りだった。次の段取りに進めましょ」

「その前にシャワーを浴びさせてくれ。気になっていかん」

 自分が嫌というよりは、彼女のことを思いやっているようだ。


(優しい狼。青い瞳のわたしの狼。もうロックオンしちゃったんだから)

 もう彼女の知的好奇心は止まらない。


 ミードに礼を言って格納庫を後にする。担当のポールにももう案内は要らないと告げるが彼は職務として離れるわけにはいかないという。


「極力ご要望に応えるよう命じられておりますが、ほどほどになさってくださると助かります」

「ごめんなさい。ちょっと無理かも」

 最初に詫びておく。

「とりあえずブルーを洗いたい」

「ええっ!」

「マジか!」

 もふもふの毛皮を堪能したい欲求が抑えられない。

「俺はペットか……」

「ごめ~ん。でも洗わせて」

「どうか自重していただけませんか?」

 ちょっと考えるふりをするも心は決まっている。


 その後、デードリッテは思う存分毛皮をもふもふわしゃわしゃしたのであった。

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