青き狼(4)

 デードリッテは威厳を意識して先頭を歩く。


「どちらに向かわれるのですか?」

「格納庫に決まっています」

「それでしたらあちらですが?」


 いたたまれなさを咳払いの一つで濁して方向転換する。


「シュトロンを一機準備してください。ブレアリウス操機士に使ってもらいます」

「難しいです。まだ、星間G平和維P持軍Fのパイロットにも行き渡っていない状態なので」

「予備パーツを組み上げてでも構いません。これはアームドスキンの今後について重要な判断なのです」

 それは嘘ではない。

「了解いたしました。少しお時間をいただきます」

「無理は言いません。整備士メカニックもこの新機軸となる機動兵器には慣れていないでしょうから」


 渋々といったていのポールには寛容さも見せておかなくてはならないだろう。


「これからどうなさるんですか?」

 格納庫に行く理由を説明せねばならないだろう。

「彼の実力を知りたいんです。アームドスキンは機体同様これまでと大きく異なる操縦系を備えています。適応できるかも重要です」

「たしかに。熟練度を問わず手こずっているパイロットが目立つ印象ですね」

「そんな厄介な代物なのか?」

 ブレアリウスは訝しげに尋ねてくる。

「より感覚的な操作を必要とするみたい。現役パイロットでのテスト段階でも合わない人いたから」

「だったら無理しなくても」

「任せて。現行機の操作の癖で適性が分かれる要素を見つけてる」


 数をこなすうちに共通点を見つけていた。それが彼にあればほぼ間違いなく適応できる。


「では、ブレアリウス操機士。ホールデン博士を自機に案内しなさい」

「了解した」


 大気圏近傍での戦闘を終えたラウヴィス337は軌道エレベータを使って地上まで降ろしてある。喧騒を覚悟して基地の格納庫に入ると意外に静まり返っていた。


「帰投から時間が経ってるからな。一段落したあたりだと思う」

 狼がそう説明してくれた。

「戻ってすぐなんか、たぶん見慣れない修羅場だと思うぞ」

「そんなでもないと思う。開発現場だって結構荒っぽいんだよ。『データよこせ』とか『仕様が違う』とか『設計図読めないバカが作ったのか?』とか怒号が飛び交ってるもん」

「おぅ、そうなのか」


 現行主力機のラウヴィスの前まで行く。シュトロンを見慣れたデードリッテにはひと回り大きく感じた。


「なになに、ウルフ? 女の子なんか連れてきちゃって……、ってディディーちゃん!?」

 作業用フィットスーツの整備士メカニックは軽薄そうな男だ。

「なんでー?」

「なりゆきで。ほんとに有名なんだな」

「でしょー? なのにブルーったら名前訊いてくるんだもん」

 表向き不平を言うが、そのへんもこの狼の面白いところ。

「知らなかったのかい? あちゃー! ぼくなんて到着したディディーちゃんを見るのにモニターにかじりついていたのに」

「その頃、俺は戦闘中だったはずだが見ていなかったのか?」

「あっ!」


 口は禍のもと。真顔になったメカニックは視線を逸らしている。

 彼はミード・ケフェック。普段は戦闘艦勤務のGPF隊員だが、艤装中の艦から降りている間は基地に仮住まいしているという。


「んで、どして一緒なの?」

「どうしてこんなことになったんだろうな?」

 狼は返答に窮している。

「わたしがスカウトしたの。アームドスキンパイロットに向いてると思って」

「アームドスキンかぁ。すっごい興味あるけど割り振られてないんだよねー。人気あるから立候補多くて。でも、受かった連中、めっちゃ苦労してる」

「でしょ?」

 あまりに違いすぎる。


 開発も苦労の連続だったが現場も同様に大変だろう。


「やっぱり中央としては本格実用化を急いでる感じ?」

 中央とは中央管理局のこと。デードリッテもそこの要請で動いている。

「期待はされてる。戦闘力が桁違いだもん」

「うひゃあ。ゴート宙区の怖ろしさを早々に解消したいって感じかぁ」

「そこまでじゃないんじゃないかな。だって、開示されたアームドスキン技術は一端でしかないって言われてるし。ゴート宙区は核心技術を残してる」


 彼女が触れている部分だけでも斬新な技術で構成されている。あの構造強度を持つ機動兵器を実運用できるのだって反重力端子グラビノッツあってのこと。それなのにゴート宙区の脅威度は下がらないと言われていた。


「例の新宙区はそんなに危険なのか?」

「危険なんじゃないの。極めて友好的。ただ、今のところ中央は決して怒らせてはいけない相手と目してる」

 ブレアリウスは不思議そうにしている。

「そりゃそうさ、ウルフ。あそこの怖さはアームドスキンだけじゃない。戦闘艦だってレーダーから消えるときてる」

「はぁ? 何だって?」

「レーダー波を変調させて無効化するのさ。沈めたきゃ接近するしかない」


 ゴート宙区から入ってきたのはアームドスキンと並行して反重力端子グラビノッツとターナ分子の製造法。それらは機動戦闘に変革をもたらす技術だとミードは説明している。


「君に支給されたそのフィットスキン。現行の物よりずっと軽くて柔らかいだろう?」

「ああ、さすがGPFは良いものを使っていると思った」

「それだってターナ分子を表層シリコンに組みこんだからなんだ。防曝に使ってた金属粒子を更新できたからそうなった。あっちで使ってるのがスキンスーツ。こっちで使ってたのがフィットジャケット。合成してフィットスキンになったわけ」

 狼の着ているパイロットスーツを指しながら言う。

「フィットスキンでアームドスキンに乗るようになったんだし、語呂が良くなったんじゃない?」

「語呂で乗るものじゃないが」

「まあねー」


 どこまでも軽い男である。しかし、しっかり勉強しているところは信頼に値すると思う。


(手伝ってもらっちゃお)


 デードリッテは味方を見つけたと思った。

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