青き狼(3)

「あっ」

 ブレアリウスは失敗を恥じるように視線を彷徨わせる。


 見えていれば尻尾が下がっていることだろう。容易に想像できて面白くなってきたデードリッテはベッドに身を起こす。つい、くすくすと笑ってしまった。


「すまん。世情に疎くて」

 怒らせたのではないと気付いて安堵している。

「アイドルか何かなのだろう? 星間G平和維P持軍Fに招かれたのか?」

「ん?」

「ち、違う? 君みたいな若い女の子が基地内にいるのはそんな理由しか思い当たらないが……」

 どぎまぎと焦っている。


(顔色まで分からないけど仕草にすごく表れてる。純粋なんだ、この狼。なんか可愛い)

 動物に対する感情に近いそれを少し失礼だと思いながらも、彼の反応をつぶさに観察してしまう。


「わたし、デードリッテ・ホールデン」

 自分から名乗る。

「今回はアームドスキン開発関係者の機械工学博士として基地に来たの」

「……一応聞いている。関わり合いになることはないと思ってた」

「そうなんだー」


 狼は頬を掻いている。黒く太い爪だが先端は丸く削って手入れしてある。何かを傷付けたりしないような配慮なのだろう。彼の優しさがにじみ出ている。


「あのね」

 掻くたびに長いヒゲがピンピンと弾かれているのも興味深い。

「親しい人はディディーって呼ぶの。そう呼んで」

「親しいのか?」

「今は担当官の人と同じくらい」

 振り切った彼に謝っておかねばならない。

「ブレアリウスって長いから、わたしも『ブルー』って呼ぶね?」

「それは構わんが」

 距離感に戸惑っている。


(彼のこと、もっと知りたい)

 強く興味を惹かれている。見た目のことなど色々。


「あ!」

 興味で思い出した。

「ラウヴィス337!」

「は?」

「その機体番号のアストロウォーカーに乗っている人に用があったの。知ってる?」

 風体からしてブレアリウスもパイロットのはず。

「ラウヴィス337なら俺が借り受けている機体だ」

「あれはブルーだったの? あの側転でクルクルって回ってた人」

「俺だな。人間種サピエンテクスだと三半規管がおかしくなる」

 すごい巡り会わせだと思う。


 この手を放してはいけない。比喩的にだが強く感じる。直感的に運命の出会いだと頭の奥から何かが訴えてきていた。


「力を貸して」

 再び彼の手を取る。

「ブルーが必要」

「俺が? 何に?」

「アームドスキンの本当の能力を見るために」

 真摯に見つめる。

「アームドスキン。あの新系統の人型機動兵器か。無縁だと思っていたが」

「そっか。ブルーはGPF所属じゃないって言ってたね。ソルジャー……」

「ソルジャーズ・ユニオン。傭兵協会。雇われパイロットなんだ」


 分野が違いすぎて初めて聞く単語。でも「傭兵」というからには正規兵と違って戦場を渡り歩いて稼ぐ商売なのは分かる。


「んー? 獣人種ゾアントピテクスの年齢って分かりにくいね」

 職業柄、相応の年齢だと思うも、ブレアリウスの年が全く予想がつかない。

「二十三」

「ぜんぜん若い。わたし、十八」

「人のことは言えない。その年で博士って誰が思う?」

 狼の口角が上がる。

「ほんとだー」


(すごく楽しい。私のこと珍重しないで普通に接してくれる人は少ないもんね)

 名前が邪魔をする。


「ホールデン博士!」

 その時、医務室内に大きく響く彼女を呼ぶ声。担当官のものだ。

「静かにして。ここはどこ?」

「申し訳ございません。連絡いただいた者です」

「ディディーならそこ」

 アマンダの声が応じている。


 光学遮蔽をくぐって担当官が現れる。彼はポール・ステッドリー。デードリッテが気後れしないような配慮から若者が採用されているらしく二十六歳だと聞いている。


「探しました」

 露骨にホッとしている。

「すみません。ちょっと色々あって」

「いえ、お気になさらず。ブレアリウス操機士、あとで説明してもらう」

「待って。ブルーは悪くないの。わたしが勝手に驚いて気絶しちゃっただけ」

 ポールの口角が引きつる。

「気絶とは穏便ではありませんね」

「こーら。騒がない。十八の女の子なんだから、そんなに珍しいことじゃないでしょ? 勝手に持ち上げて理想を押しつけているのは軍のほう」

「う、すみません」

 アマンダには頭が上がらないようだ。

「ディディーももう平気でしょ? いつでもいらっしゃい。軍医って命令系統違うからそれなりに顔が利くの。相談事なら任せて」

「ありがとう、アマンダ先生」


 地位のわりに妙齢の医師は頼りになりそうだと頭に記して立ち上がる。なにせ軍での立ち位置は不安定だ。大事にされているとは思うが、どれくらい意見が通るかは未知数。味方は多いに越したことはない。


「『そうきし』って何?」

 先ほど聞いた単語が引っ掛かっていて担当官に尋ねる。

「彼の階級です。パイロット中では最下位に位置しています」

「どうして? 動きは際立って見えたけど」

「ブレアリウス操機士はソルジャーズ・ユニオンの派遣パイロットですので、軍規定でそう定められているのです」


 ポールの説明でパイロットの階級を知る。最下位は操機士で、広義にはパイロットのことを指す単語。今では呼ぶ人も少ないという。

 階級は操機士をスタートに、操機長補、操機長、操機隊長補、操機隊長、操機団長補、操機団長、操機大隊長補、操機大隊長、操機帥補、操機帥と登り詰めるらしい。最後の二つは現場に出ることはないというから、パイロットの階級と呼ぶには本末転倒な気がする。それが軍という組織だと言われれば返す言葉もないが。


(でも、ブルーが最下位のパイロットとしてしか扱われないのはちょっと困るかも)

 デードリッテの目算が立たなくなる。


 何らかの方便が必要になってくると彼女は考えていた。

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