足元のルネサンス

@Sinzy

(短編につきエピソードタイトルはなし)

爽やかな夏の風が部屋を通り抜けて、窓へと流れていく。

空に瞬く星たちが、キラキラと輝いて僕の方へ迫ってくる。

薄い雲は流れていき、月を隠したり、出したり、隠したり出したりしている。


僕は木村蒼介。 21歳の大学生。 来年、卒業を迎える予定だ。

最近、ときどきベランダに出ては、星を見てみるようになった。 雲の流れやその向こうに隠れている明るい月が出てくるときは、 見ていて飽きない。

月の明るさに圧倒されて、星のまたたきを忘れてしまう。

「蒼介、ご飯よ」 母さんの声がする。

いつもの事だけど、今日はまだ月を見ていたいような気がした。

返事をしたくない気がして、黙っていた。

「蒼介、どしたの?」 と、また呼ばれた。

仕方なく「ああ、わかった」と返事した。

母さんは、今の気持ちを言っても理解してくれないだろう。

いつも時間に追われてるみたいにセカセカしているイメージがある。



食卓には、トンカツとエビフライ、味噌汁にサラダ、ホカホカのご飯が既に盛ってある。

全然食べれるけど、聞いてからご飯注いでほしいな。

えらくボリュームがあるな。週末だからかな。

僕の頭の中で、くるくると言葉が飛び交う。

そうそう、母は最近、押し麦を一緒にご飯と炊くようになった。

その押し麦、ちょっと苦手だ。

「いただきます」


「父さんは、今日も休日出勤なの?」

「そうよ、ちょっと最近続いてるわね」

妹は海外に留学してて、家に子供は僕ひとり。


テーブルの端に置いていたスマホが光った。

連絡を待っていたので、慌てて自分の部屋へ行く。

「食べてからにしたら?」

と母はいうけど、気にはしていられない。


スマホに黒田さんから返信が来た。

黒田さんというのは、街外れでランプ屋を営んでいる。

キャンプ用に購入しようと何回かメールでやり取りをしていたら、気が合って、いろいろ相談事をするようになった仲だ。

来週に会おうという連絡だった。

たまたま近くに来る用事があるので会えないかということだった。

「蒼介、ご飯終わってからにしなさい」

リビングから声がする。





昨日とは打って変わって薄暗い雲の空。

夕方には、雨が降るかもしれない。

その喫茶店は植物の葉で覆われていて、表に看板が出ていなかったら、ちょっと喫茶店とわからない。

隙間に見える窓辺から、座ってる人が手を振っているのが見えた。

シルエットでしかわからないので、手を振り返そうかどうしようか迷った。

どうしようか迷っているうちに店の戸口へ着いた。

クラシックで重厚な戸を押して店内に入る。

入り口にはこじんまりしたレジがあり、店内のコーヒー豆の膨よかな香りに安心する。

最近はコーヒーに目覚めて、ときには自分で淹れたりしている。


手を振る人が見える。黒田さんだ。

「こんにちは、初めまして、木村蒼介です」

ネットで知り、メールでやり取りしているだけだった人に実際に会うのは、こういう感じなのか、と思った。


喫茶店の近くに人影を見つけた。見たことのあるシルエット。

こっちを見ているのがわかる。


黒田さんは、2時間くらいしか時間に余裕がなく、夕方にそのまま喫茶店で別れた。

このあとは、また知人と飲みに出かけるそうだ。

誘われなかったのが、少し寂しい気もする。





近所にあるオーガニックの店で、いつものコーヒー豆を買いに寄ってから帰宅した。

リビングを抜けて、自分の部屋に行こうとしたら、母が声をかけてきた。

リビングの椅子にしっかりと座っている。


「蒼介、誰と会ってたの?」

なんだか怒っているように聞こえる。

「いいじゃん、別に誰でも」

母は、立ち上がってまだ続けた。

「良くないわ。母親として知る権利があるわ」

意味がよくわからないことを言う。なんだろう。

「なんの権利?僕の知り合いを全部知る権利ってなに?」

こっちまでわからなくなる。

「お母さんがあなたを産んだんだから、それくらい教えてくれたって良いじゃないの?」

ちょっと待ってよ。子どもは親を指名して産まれてきたわけじゃないぞ。でも、それをいったら、もっと切れられそう。なんでキレ気味なんだろう。どうしたんだろう、母さん、真由美。

「むちゃくちゃな理論で来ないでよ。ただの友達だよ。中学のときの同級生だよ」

お母さんが近づいてきた。

「あの人のどこが同級生なの?どう見ても、中年だったじゃないの。親に向かって嘘をつくなんて、母さん、悲しいわ」

机に向かって泣き始めた。うわっ、困ったな。でも、ちょっと待て。

「ええーと、嘘ついたのは認めるけど、なんでその人のこと知ってんの?見たことないはずじゃない」

母さん、真由美が泣き止んだ。

「・・・どうしても心配で、後を付けたのよ、母さん・・・」

もしかして、あの人影・・・。

「え、あのシルエット、母さんだったの?」

目元の涙を拭いながら続ける。

「だって、蒼介がこの頃、上の空で、返事も遅いし、スマホばっかり見てるし、態度が変わったから気になって・・・」

そうだったかな。自分ではそんなつもりないけど。

「別にそんなに変わらないよ。黒田さんは、昔からメールでやり取りさせてもらってるお店のオーナーで、近くに来るから会おうって誘ってくれたから、行っただけだよ」

「お店ってなんのお店なの?」

「いいじゃん、なんだって」

母親に言うの、恥ずかしいんだよ、わかってくれよ。

「良くないわ!お母さんにとっては、とても大事なことよ!」

「面倒くさいな。母親、母親って、僕が親になってくれって頼んだわけじゃないだろ!」

ついに言っちゃった。

「ひどいわ、蒼介!・・・お母さん、あなたのことが心配で、だから、後付けたりまでしたのに!」

「それだって、僕頼んでないし」

「毎日毎日、ごはんから洗濯、買い物だってあって、大変なのに・・・!」

「だったら産まなきゃ・・・」

まずい・・・。かなり、やばいこと言った。

・・・母さん、真由美は、キッチンへ走り込んでしまった。


さすがに悪かったと思い直して、母さんの近くへ寄って見た。

母は、そそくさと冷蔵庫を開けると、ガサガサと何か探しはじめた。

「母さん、あの、僕言い過ぎ・・・」

冷蔵庫のドアが閉まった。

涙を拭きながら、笑顔を作って、母、真由美がいう。

「バカみたいに心配してごめんね。母さんもどうしたらいいかわからなくて、後まで付けたりして、ほんとどうかしてたわ。母親ってどうしようもないわね」

なんか急に可哀想になって、ハグしてしまった。

「バカじゃないよ、母さん」


このあと母、真由美はひとしきり泣いたかと思うと、上機嫌になって夕飯を作りはじめた。

僕は、

「実は、押し麦、ちょっと苦手なんだけど・・・」

と伝えた。

母は、

「そうだったの?早く言ってよ。じゃあ、大麦に変えるわね」

大麦と押し麦はどれほど違うのか、僕はわからないけれど、とてもホッとして、いつもと同じ部屋から見る星がいつもより輝いてみえた。


                         [終]

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