4-6 インタビュー
◆ ◆ ◆
マイは帰宅すると、服も着替えずにベッドに倒れこんだ。
今日のファミレスでの会話が、頭の中をぐるぐる回っている。
カイトは、宝泉寺カリンに結婚を申し込まれたと言った。それを聞いたとき、マイは驚きを隠せなかった。
本当は、その場でダメだと言いたかった。けれどマイには、それができなかった。
勇気が足りないのだ。誰よりもカイトを想っている自信はある。でも、今さら気持ちを伝えるのは難しい。何より、カイトに嫌われることが一番怖かった。
やはり諦めるべきなのだろうか。カイトの体質の原因を知っているのは、おそらくこの世界でマイだけだ。カイトがあの出来事を思い出しさえしなければ、誰にも知られることはない。
しかし、カイトはあの体質のせいで今までさんざん苦しんできた。それをどうにかできる可能性があるのもまた、マイだけなのだ。
カイトの体質は非情で残酷だ。たくさんの人を不幸にしてしまう。
カイトに告白をした女性にしてみれば、気持ちを伝えたにもかかわらず、カイト本人はそのことを覚えていない。勇気を出して伝えた想いが無くなってしまうのは、とても虚しいことだと思う。
そして優しいカイトは、そんな女性たちの悲しみに、今までたくさん向き合ってきた。もしかすると、彼に好意を寄せる女性以上に心を痛めてきたのかもしれない。
◇ ◇ ◇
とある出版社のオフィス。並んでいるデスクには、本や書類、マグカップやコンビニ弁当の空の容器など、ありとあらゆる物が散乱している。そんな中、整理整頓の行き届いたデスクで、ツヨシはパソコンに向き合っていた。
昨日、カイトに突然あんなことを告げられたからか、仕事に身が入らない。カイトが結婚についてカリンに返事をするのは今日である。
カイトに相談を受けたとき、ツヨシは素っ気ない反応を見せたが、本心では別のことを考えていた。
「みんな、ちょっといいか」
突然、聞き慣れない声がした。ツヨシを含む社員が一斉に振り向く。
編集長が姿勢を正し、即座にブラウザを切り替える動きをしたのが見えた。
編集長のデスクの脇に立っていたのは、雑誌制作課の課長、
「隣のゲーム雑誌の編集部からの頼みだ。誰か、インタビューの仕事をしてくれないか」
鳥山の言っている隣のゲーム雑誌というのは、人気の月刊誌だ。ツヨシたちの作る文芸誌よりも、よっぽど社の売り上げに貢献している。
彼の言葉を聞いた社員たちがざわつき始める。発行しているのはツヨシの属しているこの編集部ではないのだから当然だった。
鳥山がすかさず説明を始める。
「その雑誌に掲載する記事なんだが、今日インタビューを担当する予定だった社員が胃に穴を開けてしまって入院することになった。そのゲーム雑誌に関係する他の社員も個別にやることがある。他の部署から人を借りるしかない、という状況なわけらしい。もちろん、インタビューの内容は大まかには決まっている」
編集者は非常に多忙な仕事であり、生活も不規則になりがちだ。こういったことは日常茶飯事である。ツヨシたちの発行する雑誌はすでに入稿が終わっていて、編集部全体に余裕がある。それを認識したうえで、鳥山は話を持ち掛けているのだろう。
「ちなみに、インタビューの相手は竜胆コウヤだ」
部下を見回しながら、鳥山が言った。
「竜胆、コウヤ……?」
どこかで耳にしたような気がして、ツヨシが言った。鳥山がそれを聞きとったらしく、ツヨシの方を見ながら補足する。
「そうだ。ディスティニー・クリエイトの次期社長だ」
そこでようやく、ツヨシは思い出した。
カリンと結婚する予定だった相手。それが竜胆コウヤである。
「あ、あの」
他に立候補がないことを確認し、ツヨシがおずおずと手を挙げて立ち上がる。
「おお、頼まれてくれるか?」
「はい。自分で良ければ」
「助かる。このファイルをよく読んで仕事に当たってくれ。もしわからないことがあれば、隣の編集長に聞くように。これが連絡先だ。よろしく頼む」
近づいてきた鳥山から、ツヨシはファイルと、隣の部署の編集長の名刺を受け取った。
鳥山はたしかに大人の色気をまとっていて、少しドキッとしてしまった。改めて、どうして未婚なのだろうと思ってしまう。女性社員からの人気の高さも納得だった。
「はい」
と返事をし、ツヨシは再び席に座った。
「それじゃあみんな、仕事に戻ってくれ」
鳥山はそう言うと、今だけ忙しいフリをしている編集長に会釈をして去って行った。
こうして、ツヨシは竜胆コウヤのインタビューを引き受けることになった。
急ぎの仕事はなかったし、良い経験にもなるだろう、というのは建前。宝泉寺カリンの婚約者である竜胆という男がどんな人間なのか、興味があったのだ。
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