3-9 話の続き


「では、先ほどの話の続きをしましょう」

 ツヨシがいなくなった部屋で、カイトが言った。


「んんん? どういうことっすか?」

 空豆が首をひねる。


「倉田さんはおそらく、


 場がざわついた。


「いや、おかしいだろ。ルームキーはその枕元にずっとあって、この部屋は密室だったんだ。で、別の鍵を持ち出せるのはこの民宿で働いてる、そこのお嬢さんだけ。だから犯人は彼女しかありえない。そういう結論になったんだ。ちゃんと聞いてたか?」


 宵渕は、ツヨシが話したことを要約して説明する。その指摘は的を射ているものだった。


「ええ。俺は寝る前にはちゃんと鍵をかけましたし、倉田さんの他にこの部屋の鍵を持ち出せる人もいないと思います」


「じゃあ、どうして……」

 宵渕が困惑したように眉をひそめる。


「皆さん、密室という状況に惑わされすぎているのではないでしょうか?」

「密室という状況?」

 空豆がカイトの言葉をそのまま繰り返す。


「はい。密室だから、部屋の中に入れる人間が犯人だ。皆さんはそう思ってしまっているのです。ですが、よく考えれば、告白なんて部屋の外からでもできます」


「おおお? なんだかミステリーっぽくなってきましたね! ここから真の解決編が始まるってことですか⁉」


 空豆が興奮している。心から楽しそうだ。彼女のおかげで空気が重くならずに済んでいる部分もあるので、カイトとしてはありがたかった。


「なるほど。言われてみりゃ、たしかにそうかもな。手紙や電話、メールなんかでも告白することはできるのか。殺人とは違って」


 宵渕が納得したように頷く。その表情は少し悔しそうだ。若者向けの恋愛ものを書いているにもかかわらず、その点に気づかなかったのは不注意だったと考えているのかもしれない。


「はい。ですが、今回は手紙でも電話でも、メールでもポケベルでもありません。手紙は落ちていませんでしたし、スマホにもツヨシから電話が一件きていただけで、他に痕跡は残っていませんでした」


「おい。ポケベルは言ってねえだろうが。おっさんをネタにしやがって。まだ三十代前半だ。そして心は女子高生だ」


「でも、それ以外となると……もしかして、テレパシーっすか? まさか橘先生が高度な通信技術を完成させているなんて! 次の作品はSFなんですね!」


「ちょっと不思議ちゃんは黙っててくれ。で、橘先生、早く続きを教えてくれよ」

 空豆が入ってくると、ツッコミに回らざるを得ない宵渕。


「はい。告白は、隣の部屋からされたものでした。そうですよね。河合ユズリハ先生」

 先ほどからずっと沈黙を貫いていたユズリハの方へ、視線が集まった。


「ご、ごめんなさい……。たぶん私が、告白したのだと思います」

 名指しされたユズリハの口から蚊の鳴くような声で発せられたのは、曖昧な自白だった。


「ちょっと待て。手紙や電話を使わずに、どうやって告白をしたんだ?」

 宵渕が疑問を露わにする。


「ああ、告白をした、というと、ちょっと語弊がありますね。河合先生は、ただですから」


「練習?」

「ええ。これは、宵渕先生はお酒の魔力に抗えずに昨日は欠席していらっしゃったので、知らないことなのですが――」


「それは言う必要あったか?」

「特にありませんでしたね」

 カイトは何食わぬ顔で答える。

「おいこら」


「河合先生はご存じの通り、極度のあがり症です。そこで、何か緊張することが控えている場合は、前日に練習をするそうです。例えば、大勢の人の前で話したり、とか」


「授賞式のときのスピーチとかっすね」

 空豆が捕捉する。


「ええ。河合先生はおそらく、今日、誰かに何かを伝えようとしていました。昨夜は、その練習をしていたのではないでしょうか。そして、この民宿の部屋の壁はかなり薄く、ある程度大きな声は隣の部屋に聞こえてしまいます」


「ああ。そういうことか」

 そこでやっと、宵渕が事件の全貌を把握したらしかった。


「ええ。練習のつもりで発したなんらかの言葉が、この部屋まで聞こえてしまい、俺に対する告白となってしまったのでしょう」


「あの……ずっと憧れだった方とお会いできて、最初は本当に緊張してしまって、お見苦しい姿しか見せられなかったのですけれど、改めて、私が橘先生の作品を読んで、どれだけ救われてきたかをお話したくて……。本当にすみませんでした」

 ユズリハは慎重に言葉を選びながら、涙声で言った。


「こちらこそ、すみません。俺がこんな体質なのがそもそもの原因なので、お気になさらず。あと、これからも普通に接していただければ大丈夫ですので。告白になり得るような言葉さえ発さなければ、ですけど」


 カイトが鼻血を出すのは、カイトのことを好きな女性から告白をされたときだけだ。つまり、ユズリハの中に、カイトへの好意があったことは確かだったが、カイトはあえて黙っていた。


「あっ、ありがとうございます! ああ……慈悲深さがマリアナ海溝!」

 ユズリハはよくわからない感動の仕方で瞳を潤ませる。メンタルは意外と丈夫らしい。


「顔だけじゃなくて中身もイケメンとはな。ムカつく野郎だ」

「嫉妬は世界で一番醜い感情っすよ」

 空豆の容赦のない鋭い指摘に、宵渕が項垂れる。


「まあ、橘先生が鼻血を出して倒れた経緯はわかった。が、一つ疑問が残る。そこのお嬢さんは、どうして自分が犯人だなんて言ったんだ?」

 倉田ユウキの方を見て、宵渕が言った。


「それは……私もわかりませんでした。倉田さん、いったいどうして……」

 ユズリハもユウキの方を見るが、彼女は言いづらそうに口を結んで下を向く。


「お父さまの教えを守ろうとしただけなのではないでしょうか?」

 カイトのその台詞に、下を向いていたユウキはハッとしたように顔を上げた。


「んん? お父さまの教え?」

「なんだそりゃ」

 空豆と宵渕が順に言った。


「ええ。昨日、俺とツヨシと倉田さんの三人で残って、少し話をしたんです。宵渕先生は、お酒に酔いつぶれていて創作談義をしたことすら知らないでしょうが――」


「いちいち言うな。悪意しか感じないぞ」

「とにかく、その話を聞いていたのは俺とツヨシだけでした。要約するとこんな感じです」

 カイトは宵渕の文句をかわして説明を始めた。


「倉田さんは、将来この民宿を継ぎたいと考えています。しかし、現オーナーであるお父さまは厳しく、なかなか認めてもらえません。倉田さんもお父さまのことを尊敬しているため、言われたことはしっかりと守るようにしています」


「それが今回のこととどう関係してくるんだ?」

「お父さまが一番大事だと思っていることは、お客さんに満足してもらうことです。お客様にかかわりすぎるな。でもお客様に寄り添え。とにかくお客様のことを一番に考えろ。……でしたよね、倉田さん」


「はい」

 ユウキがうなずく。


「今回、もし河合先生が俺に――結果としてですが、告白をしたことが明らかになってしまえば、俺たちの仲が険悪になってしまうかもしれない。でも、告白をしたのが自分だったら――ただの民宿の従業員だったら。外部の人間と一時的にギクシャクしてしまうだけで終わりになる。倉田さんはそう考えたのでしょう」


「なるほど! 河合先生が犯人であることに気づいた倉田さんは、私たちが気まずくなってしまわないように自ら罪を被った。そういうことだったのですね!」


「はい。全部、その通りです」

 複雑な表情のユウキ。隠し通すことができなかった悲しみ。自分のしようとしていたことを理解したうえで、その意味にまで気づいてもらえた嬉しさ。未熟であることが露呈してしまった悔しさ。色々なものが入り混じっているように見えた。


「橘様。一つだけよろしいですか?」

 倉田ユウキがカイトの方を向く。

「はい」


「気づいていらっしゃったのなら、?」


 カイトには、ユウキが犯人である、というツヨシの推理をその場ですぐに訂正することもできたはずだ。それなのに、わざわざツヨシを部屋の外に出してから、真相を話し出した。


「それは……すみません。秘密です」

 口元に人差し指を持っていき、カイトは微笑んだ。

「そうですか」


 カイトが鼻血を出すのは、好意を持つ人間から告白されたときだけである。そのことを、ツヨシは知っていた。


 ユズリハがカイトに好意を持っている。それが担当編集であるツヨシに知られてしまえば、色々と悩ませてしまうことになりかねない。


 特に、ユズリハはデビュー前の大事な時期だ。書籍化作業においては、担当編集が一番頼れる存在になる。その担当編集との関係に変化が出るのはよくないだろう。

 だから無理やり理由をつけて、ツヨシを部屋の外に追い出したのだ。


「倉田さん。あなたはしっかりお客さんのことを考えてお仕事をしていると思います。それに、頭の回転も速い。きっと、良いオーナーになれますし、お父さまも、きっと認めてくれるはずです」


「ありがとうございます」

 ユウキは少しだけ泣きそうになりながら、改めて深々と頭を下げた。


 その後、ツヨシも戻って来て、執筆合宿の二日目は予定を少し遅らせて始まることとなった。

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