3-8 犯人は自明


「あれ、ツヨシ? それに、みなさんも。どうしてここに?」

 ユズリハたちがカイトの体質と現在の状況を把握したところで、当の本人が起き上がって、ベッドに座る体勢になる。


「ああ、起きたか」

 カイトは辺りを見回して、脇にある布団から覗くどす黒い赤に気づくと、状況を把握したようだった。


「ああ。また……」

「そういうことだ。今ちょうど、お前の体質を説明したところだ」

「そうか。すみません、皆さん。ご迷惑をおかけしてます」


「まあ、でも、今回の犯人は明白だ。さっさと解決するぞ」

 ツヨシが自信満々にそう宣言すると、カイトが少し心配そうな表情をする。


「さて。皆さん」

 と、四人の方に向き直る。


「今回の事件についてですが、推理するまでもなく、犯人はすぐにわかります」

 ツヨシの口から『事件』や『犯人』という言葉が出てきたため、ユウキたちは少しおびえ気味だ。が、なぜか空豆だけはワクワクした顔をしている。


「で、その犯人ってのは誰なんだ?」

 男性である以上、犯人になり得ない宵渕が先を促す。


 カイトが気絶する条件は、女性からの愛の告白。その時点で、ツヨシは容疑者を三人に絞っていた。

 さらにこの部屋の状況から、少し考えれば、犯人である女性はすぐにわかる。


「まず、カイトの部屋には鍵が掛かっていました。そして、部屋の鍵はここにあります」


 カイトが座っているベッドの枕元にある、棒状のキーホルダーのついたルームキーを全員に見えるように持ちながらツヨシが言う。


「ということは、告白のためにこの部屋に入るためには、合鍵を持っていなければならない。つまり、犯人は倉田さん、あなた以外にあり得ません」

 ツヨシは、民宿のオーナーの娘である倉田ユウキの方を見て宣言する。


「私……告白なんてしてません!」

 犯人として名指しされたユウキが、焦った様子で否定する。


「では、鍵を持っていない人間が部屋に入れるということですか?」

「いえ……それは……」


 それを肯定すると、自分が犯人でない可能性が出てくる代わりに、この民宿のセキュリティを否定することになる。


「待て待て。そんなに問い詰めるような口調にならんでもいいだろ。それに、この部屋の鍵を持ち出せる人間なら、そこのお嬢さん以外にもいるじゃないか」


 何も言えずに口をパクパクさせているユウキを見ていられなかったらしく、宵渕が口をはさんだ。


「それは、オーナーの奥さんのことですか?」

 ツヨシがすぐに言う。どうやら見落としていたわけではないらしい。

「ああ、そうだ」


「彼女は既婚者ですし、昨日の夕食のときの夫婦間の会話を聞く限りでは、その可能性は限りなく低いと考えられます。もちろん、ゼロとまでは言えませんが」


「……たしかにそうかもしれないっすね」

 ツヨシの理路整然とした意見に、空豆が納得したようにうなずく。


 オーナーが夫人の肩に手を回して、自慢の妻だと紹介し、夫人も嬉しそうに頬を赤く染める。昨日の夕食のときに、そういったやり取りがあった。


 そんな倉田夫人が、ふらっと民宿に現れたカイトに一目ぼれし、わざわざ夜に鍵を持ち出してまで積極的になるとは考えにくい。


「昨日の夕食のときの会話?」

「ああ。宵渕先生は泥酔していたんでしたっけ」


「まあな」

 宵渕は、ばつが悪そうに視線を反らす。


 ツヨシに犯人として名指しされたユウキは、どうすればいいのかわからないといったふうに、視線を左右にさまよわせている。

 当事者であるカイトも、何かを考えるように口を結んでいた。

 険悪な空気が流れる。


「あの!」

 沈黙を破ったのは、意外なことに河合ユズリハだった。


「えっと……。橘先生も無事でしたし、倉田さんも告白してないって言ってますし、あんまり、その……犯人探しみたいなのはもういいんじゃないかって思って……すみません」

 話しながら、注目されていることを自覚したらしく、どんどん声が小さくなる。


「俺も、河合さんの言う通りだと思います。これ以上、皆さんに迷惑をかけたくもありませんし」


 ユズリハの発言を受け、被害者であるカイトが一番に口を開いた。そうすれば他の人たちは、ユズリハの意見に対して何も言えなくなるとわかっていてのことだろう。


「そうですね。つい熱くなってしまいました。すみません。今回の件はもうこれ以上深追いしないことにしましょう」

 ツヨシも同調する。


 宵渕も空豆も、それでいい、というように頷く。

 ユズリハは安堵したように、大きく息を吐出した。


 丸く収まったというわけではないが、とりあえずは解決したかのように思われたそのとき。


「ごめんなさい!」

 謝罪が響いた。


「橘様に告白した犯人は、私です。嘘までついてしまって、本当に申し訳ありませんでした」


 声の主である倉田ユウキは、深々と頭を下げる。接客業に携わる人間として理想形とも言える、九十度の完璧なお辞儀だった。


 作家たち三人は、驚いたような表情を浮かべた。ユズリハに至っては、目を見開いてオロオロし出す始末だ。

 その中でカイトだけが、何かに気づいたように、納得した顔をしていた。


「ああ、いや。こちらも少し言いすぎてしまいました。すみません。頭を上げていただいて大丈夫です」


 ツヨシも面食らったようで、

 収まりかけた話を蒸し返すのもどうかと思い、ツヨシが再度謝る。


「橘様。大変、申し訳ありませんでした!」

 カイトに向かって、ユウキが頭を下げる。こちらも九十度。お手本のようなお辞儀だ。


「ああ。俺は大丈夫です。告白された記憶はありませんけど、告白されるのには慣れてますから」


「この野郎。遠回しな自慢か?」

 宵渕の発言に、張り詰めていた雰囲気が少しだけ柔らかくなる。


「ただの自虐ですよ」

 カイトも笑って答える。


「さて。それじゃあ、後片付けをしないとだな。ツヨシ、オーナーさんのところに説明してきてもらってもいいか?」


「いえ。それなら私が」

 ユウキが、部屋を出て行こうとする。


「ああ、いや。こちらの落ち度ですので、それくらいはこちらでやります。本来は俺が直接行くべきなのですが、血を出しすぎたのか、頭もくらくらしてますし。ここはツヨシに頼もうかと」


 少し無理やりな理由かもしれなかったが、

「ああ。わかった。行ってくる」

 と、ツヨシは納得したようにうなずいた。そして、民宿の責任者でもあるオーナーに状況を説明するため、部屋を出て行く。

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