3-10 合宿終了
カイトが部屋の壁越しに告白されてしまい、鼻血を出して気絶するという不慮の事故がどうにか解決し、執筆合宿の二日目が開催された。
とはいえ、やることは昨日と同じだ。ひたすらアイデアを出し、プロットを練り、文章を書く。進まなくなったら共用スペースで他の作家と雑談などをして気を紛らわせる。
ユズリハは昨日と同様にテンパってはいたものの、カイトに対して態度を変えることなく接していた。二人の間に気まずい空気はない。
「たったたた……橘先生、教えていただきたいことがあるのですが!」
「どうかしました?」
「あの、えっと……キャラクターって、どういうふうに創っているんですか? 橘先生の作品のキャラクターって、すごく魅力的だと思うんです。あ、ごめんなさい! もちろんキャラクター以外が平凡ってわけではないですむしろ文章の洗練された情報量や読みやすさ物語そのものの構成も素晴らしくて特に最後にきっちり読者の予想を裏切ってくるところなんかも最高です!」
「はは。ありがとうございます。そうですね……俺は実在する人をモデルにすることが多いかもしれません。そのままでもいいけど、その人の個性を大げさにしたり、性別を変えたりするだけでバリエーションも増えますし」
「なっ、なるほど! 参考になります! ありがとうございます!」
「いえいえ。俺も河合先生と話してるとすごく参考になります」
「そっ、それはどういう……」
「河合先生だけじゃなく、この合宿に集まってる作家さんたちって、すごく個性的じゃないですか。なので皆さんをモデルにしたキャラクターを作中に出させてほしいくらいだなって」
「えええ⁉ はっはははは恥ずかしいですよ! でも……橘先生の作品に私がモデルになってるキャラクターが出るかもしれないって考えると、やっぱり光栄です!」
「あはは。ありがとうございます! もし登場させるとしたら、魅力的に書きますので」
「俺はちゃんと美少女として出してくれよ」
「……考えておきます」
「おい、今の間はなんだ」
「私も出していいっすよ!」
「空豆先生は……俺には制御しきれないような気がします」
「間違いねえな」
宵渕と空豆も話に入ってくる。作家たちの間には、良好な関係が形成されていた。
そうして一日は過ぎていく。
「そろそろ行くぞ」
カイトが部屋で執筆をしていると、ツヨシが呼びに来た。
「もうそんな時間か」
バスの本数も少ないため、午後五時には民宿を出なければならない。
「皆さま、本当にありがとうございました。ぜひ、来年もいらしてくださいね」
オーナーが代表して言う。トラブルがあったにもかかわらず、最後までしっかりとカイトたちをもてなしてくれた。後ろには、オーナーの奥さんと娘のユウキも立っている。
「こちらこそ、ありがとうございました」
ツヨシが代表して頭を下げた。
「で、宵渕先生はどうしてそちら側に立ってるんですか?」
カイトが、なぜか民宿側に立っている宵渕に尋ねる。
「いや、案外筆の進みがよくてな。あと三泊ほどさせてもらうことになった。それに、この辺には人間が少ないから、息苦しくないしな」
最後は何を言っているのかよくわからなかったが、おそらく居心地が良いということだろう。
バスと電車を乗り継いで、新幹線の停車駅に到着する。カイトたちは、ユズリハと空豆とはここで別れることになる。
「またどこかでお会いしましょう。それでは!」
「あっ、空豆先生。そっちはたぶん逆方向の――」
ツヨシが慌てて空豆を追う。
「たっ、橘先生」
ツヨシが空豆に乗り換えの説明をしている隙に、ユズリハがカイトのことを呼んだ。
「はい。どうしました?」
「今回のことは、その……本当にすみませんでした」
「大丈夫ですよ。それより、河合先生のデビュー作、楽しみにしてますので。完成したら読ませてくださいね」
「は、はいっ! 私、頑張ります!」
花が咲いたような笑顔で、ユズリハは言った。
帰りの新幹線。再びカイトとツヨシだけになる。
「濃密な二日間だったな」
「そうだな。でも、色々と収穫はあったんじゃないか?」
「ああ。今まであまり他の作家と関わってこなかったけど、思ったよりも参考にはなるな」
「で、珍しくスマホなんかいじって、何をしている」
「宵渕先生に教えてもらったSNSに登録してるだけだ」
「今まで面倒くさがってやらなかったのに。どんな心境の変化だ?」
「他の作家と気軽に連絡を取れるのは心強いなと思っただけだよ。宵渕先生たちと知り合えたのはツヨシのおかげだ。ありがとな」
「別に、お前のためじゃない」
ツヨシが照れたようにそっぽを向いた。
「ラブコメのヒロインみたいな台詞だな」
カイトはそう言って笑い、ふと後ろを振り向いた。
「どうした?」
「いや、別に」
誰かに見られているような気がした。が、振り向いた先には他の乗客がいて、思い思いの方法で時間を潰しているだけだった。
それでも感じた視線は、どこか冷たいものだったような気がして……。
しかし、それを確かめる方法はない。
「またあれか?」
「ああ」
今までも何度かあった視線だった。気のせいと言われてしまえばそれまでだが、カイトの脳裏には悪い予感が渦巻いていた。
「ただ単に、誰かがお前に見とれているだけだと思うがな」
「それだけならいいんだけど……」
ストーカー。そんな単語が浮かぶ。
「なあ、カイト」
一息つくために外の景色を眺めていると、ツヨシが、いつになくシリアスな口調で切り出した。
「どうした?」
「一つ、言っておかなくてはならないことがあるんだが」
空気が変わった。
「かなり大事な話みたいだな」
カイトは身構える。
「そうだな。ただ――」
そこで一度、時間をたっぷり使って。
「すまない。今回はやっぱりやめておく」
結局、ツヨシは内容を話すことをやめた。
「なんだ、それ」
気にはなるが、本人に話す気がないならば仕方がない。
「心の準備ができたら、ちゃんと話す」
「わかったよ」
こうして、二日間の執筆合宿は幕を閉じた。
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