3-6 壁越しの声


 創作の話をするのは思いのほか楽しかった。今までそういったことをしたことがなかったため、カイトは新鮮な気持ちで意見を話したり、聞いたりした。


「倉田さんはどうでした? 話を聞いてて面白かったこととかありましたか?」

 カイトが尋ねる。


 ユウキは終始、楽しそうに、ところどころであいづちを打ちながら、前のめりになってカイトたちの話を聞いていた。


「書き方とか考え方が、それぞれ全然違くて面白かったです。やっぱり、作家さんってすごいんですね。普段、本をあまり読まないんですけど、皆さんの作品、読んでみたくなりました!」


「ぜひ読んでみていただきたい。なんなら、無料でうちのレーベルの本を送らせてもらって、ここの共用スペースに置いていただけるとなお嬉しいのですが」

 ツヨシが交渉を始めた。


「営業か!」

 カイトが即座にツッコミを入れる。


「編集だ」

「いや、知ってるけど」


「作家の前で話すのもどうかと思うが、実は今、うちのレーベルはあまり営業に力を入れていないんだ」


「ええっ。どうしてですか?」

 デビューを控えるユズリハが不安そうに尋ねる。


「営業なんてしなくても面白い作品は絶対に売れる、というのが編集長の言い分なんだ」

「それはまた……」


「そうあってほしいのは山々なんだが、残念ながら面白くても埋もれてしまっている作品はたくさんある。あの編集長は中学生みたいな考え方しかできないのだろうか……。いい加減、自分が四十台のハゲた無能のおっさんだってことに気づいてほしいのだがな」


「相変わらず編集長に対するヘイトがすごいな」

 編集長を殴ってしまいそうだからこの合宿を企画したと言っていたのも、あながち冗談ではないのかもしれない。


「そりゃあすごくもなる。っと、すみません河合先生。これからデビューなのに不安にさせてしまいましたね。大丈夫です。担当編集として全力でプッシュしていきますので。なんなら、帯にこいつの推薦文つけますから」

 ツヨシがカイトをビシっと指で示す。


「ほ、本当ですか? めっちゃ嬉しいです! あぁ……生きててよかったです~!」

 ユズリハは両手を組んで、心から嬉しそうにしている。


「おい、何を勝手に約束してるんだ?」

「新人のためだ。協力しろ」


「お願いします!」

 キラキラした目で見つめられてしまっては、さすがにノーとは言えない。


「わ、わかりましたよ。俺も河合さんの作品、読みたいとは思ってましたし」

「うああ。ありがとうございます! どうしよう……。幸せすぎて、明日世界が滅びてしまわないか心配です……」


「喜び方が独特ですね」

 規模がでかい。


「色々と話してたら、書きたくなってしまいました」

「私もです!」

 ユズリハと空豆が口々に言う。


「それはよかった。その魂をぜひ、パソコンにぶつけてください!」

「はい。それでは、おやすみなさい」

「また明日っすね!」

 二人は担当編集の激励を受け、自分の部屋に戻っていく。


 テーブルに残ったのは、カイトとツヨシ、そして倉田ユウキだった。

「すみません。遅くまで付き合わせてしまって」

 ツヨシがユウキに言った。


「いえいえ。私が言い出したことなので。それに、皆さんの話、とても楽しかったです」


「明日もまたご飯のときにでも集まって色々と話したいと思っているので、よければそのときもご一緒にいかがですか?」

 小説に興味を持ってもらえたのが嬉しいのだろう。ツヨシはいつになく積極的だ。


「はい。ぜひ! あ……でも、あんまり皆さんと仲良くすると、父に怒られてしまうかもしれなくて……」

「オーナーが?」


 カイトは、この民宿に到着してすぐ、部屋まで案内してもらったときのことを思い出す。ユウキは廊下で同じような話をしていた。


「父がよく言うんです。お客様にかかわりすぎるな。でもお客様に寄り添え。とにかくお客様のことを一番に考えろ、って」


「それって、言葉で言うのは簡単ですけど、実際は難しいですよね。客といっても千差万別ですから。砕けた感じで、色々と話に付き合ってほしい人もいるでしょうし、逆に、何も干渉されたくない人もいるはずです」


「そうなんです。私なりに考えてはいるんですけど……」

「ちゃんと向き合っていれば大丈夫だと思いますよ。今の倉田さんみたいに」

 カイトが励ますように言った。


「そうですかね。ありがとうございます! あ、すみません。お悩み相談みたいになってしまって。私もそろそろ寝ますね。それでは、また明日。おやすみなさいませ」


 最後は従業員モードになって、きっちりとお辞儀をすると、ユウキは倉田家の生活スペースの方へ去って行った。


 最後にはカイトとツヨシだけが残された。

「じゃあ、俺たちもそろそろ寝るか」


 すでに十時近くになっていた。一時間以上も喋っていたようだ。時間が進むのが早い。


「そうだな。明日は九時に朝食の予定だ。色々と創作について話してアイデアも出てきたかもしれない。忘れないうちに軽くまとめるくらいなら結構だが、あんまり遅くまで起きていて寝坊するなよ」


「おう。新幹線の中で少し寝たとはいえ、さすがに眠いからな。集中して三十分くらい書いたら、すぐ寝ることにするよ。おやすみ」

「ああ。おやすみ」


 その後、カイトは部屋に戻って執筆をしていた。夕食前に途中まで書いていた作品の続きを書く。


 あれだけ行き詰まっていたのが嘘のように、筆は進んだ。

 思いもよらなかったところから、展開を大きく動かすためのきっかけが見え、そこから連鎖的に物語が色づいていく。


 やはり、他の作家との交流は大事なのだろう。身をもってそのことを感じた。

 今まではそういった交流を避けていたけれど、これを機にSNSなどを始めてみてもいいかもしれない。


「おおおおおおおおっ!」

 集中してキーボードを打っていると、突然、隣の一号室から音が聞こえてきた。空豆の声だ。


「きたきたきたきたきたっ! 完全に勝った! 時代が来た! いや、違う! やっと時代が私に追いついた! げへへへへへへへへへ!」


 カタカタカタ、タァン! という、エンターキー勢いよく叩く音も聞こえてくる。

 どうやら、隣の部屋で空豆も執筆しているらしい。


「独り言……だよな」

 カイトはいったん手を止めて呟いた。


 独り言だとしても、そうでなかったとしても、どちらにせよヤバいということはこの際置いておくとして……。


「私は! 名作を生み出してしまった! なんと素晴らしく、なんと罪なことだろう! ああ神よ! 私に祝福と断罪を!」

 狂気に満ちている。


 空豆の声はこちらに聞こえてはいるが、彼女もそこまで大声で叫んでいるわけではないようだ。


 どうやら、部屋の壁が思ったよりも薄いらしい。

 カイトはバッグから音楽プレーヤーを取り出して、イヤホンを耳にはめる。歌詞の入っていない、ゆったりした音楽を聴きながら、再びパソコンに向き合った。


 良い感じに高まっているモチベーションを下げたくはなかった。空豆の独り言は、作業用BGMにするにはクレイジーすぎる。


 とはいえ、良いものが書けたときに快哉を叫びたくなる気持ちはわからないでもない。


 自分も納得のいく文章が書けるように頑張ろう。カイトは一つ背伸びをして、気持ちを新たに、キーボードを叩き始める。

 合宿一日目の夜は、こうして更けていった。

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