3-5 創作談議


「わ。美味しそうだな」

 カイトが感動したような声を漏らす。


「そうだろ」

「どうしてお前が得意そうなんだよ」


「この執筆合宿を計画したのは誰だと思っている」

「はいはい。わかりましたよ。神様仏様ツヨシ様~」


「本当に仲が良いっすよね、二人とも」

「うっ、羨ましいです!」


「はは。ただの腐れ縁ですよ。それに、今では口うるさくて厳しい編集です。河合先生も空豆先生も、こいつに泣かされないように気をつけてくださいね」


「は、はい。頑張ります」

「河合先生、そんなおびえた目で見ないでください。大丈夫ですから」


 ツヨシが困ったように笑う。テーブルの下ではカイトの足を踏んでいる。新人をおびえさせるんじゃない、と訴えていた。


「私は天才作家なので問題ありません!」

「はい。空豆先生は何を言ってもどうにもならないことをわかっているので大丈夫です。逆に」


「そんなこと言われると照れてしまいますね」

「一ミリも褒めてないです」

 呆れたようにツヨシは言った。


 そんなくだらない会話をしながら、倉田夫人が運んできた美味しそうな料理たちを、四人は次々と胃に収めていく。


 キノコや野菜などはもちろん、イノシシの肉や川魚もある。自然の恵みがふんだんに使われたメニューだった。


「いや~。こんなにお腹いっぱい食べたのは久しぶりだな。美味しかったです」

 カイトが澄み切った笑顔を倉田夫妻へ向ける。


「そうでしょう。料理上手な自慢の妻なんです」

 と、オーナーが夫人の肩に手を回して、堂々と言った。


「もう。やめてよ恥ずかしい」

 頬を朱に染めながらも、嬉しそうな夫人。ラブラブな夫婦だ。


「でも、ご満足いただけたようで良かったです」

 と、カイトたち宿泊客に綺麗なお辞儀をする。その中に、誇りのようなものが感じられた。


「それじゃあ、少し雑談でもするか。せっかく同業者が集まったことだしな」

 ツヨシが提案する。


「あの、もしよろしければ、私もご一緒してもいいですか? 作家さんってどんな人なのか興味があって。話を聞かせてもらえるだけでも楽しそうなので」


 食器を片付け終わってテーブルの近くまでやって来た、オーナーの娘である倉田ユウキがツヨシに尋ねる。


「ええ。問題ありません。倉田さんは、小説は読まれるのですか?」

「実は、あんまり読まないんですよね。だからこそ、小説ってどんなふうに作られてるのか興味があって」


「こら、ユウキ。あんまりお客様の邪魔はするなよ」

 カウンターの奥で、オーナーでもあるユウキの父親が言った。少し心配そうな表情を浮かべている。娘が大事な客に不快な思いをさせないか心配なのだろう。


「もう、いつまでも子ども扱いしないでよ。大丈夫だから」

 ユウキは、客に向けるものとは違った、砕けた口調で答える。


「別にちゃんとした仕事の話をするわけでもないですし、適当に聞いていただいて大丈夫ですので」

 ツヨシもフォローを入れる。


 テーブルに集まったのは、カイトとツヨシに加え、河合ユズリハと空豆セメント太郎、そして倉田ユウキだった。

 三人の作家による創作談義は盛り上がった。




「プロットは、役に立たないと思うんです」

「それは空豆先生だからですよ。というか、別に役に立たないと思っててもいいですから、最低限の企画書は作ってください。じゃないと、編集部内で企画が通らないんです」


 さすがのツヨシも、空豆の自由自在な鬼才っぷりには振り回されているようだった。


「わかってますって。でも私の場合、企画書の内容と完成した原稿が完全に別物になっちゃいますけどね」

「自慢気に言うことではありません」


「それ、なんか想像できます。でも結局素敵な作品ができちゃうんですよね」

「河合先生、わかってくれますか? その通りなんですよ。私は天才作家なので」

「はい。私も天才だと思います。空豆先生の小説、いつも楽しく読ませていただいてます!」


 ユズリハは空豆と年齢が近いようで、初対面にもかかわらず、かなりナチュラルに会話ができていた。カイトのときとは大違いだ。


「いいなぁ。羨ましいです。俺はある程度プロットは書かないとダメですね」

「カイト、お前もたいがいだぞ。書いている途中で突然結末を変えて、伏線をあちこちに敷き始める癖をどうにかしろ」


「書いてる途中に、こっちの方がいいじゃんってなることがあるんだよ。河合先生はどうです?」


「はぅあっ! わたわた私ですか? えっとですね、私は、プロットは完璧にしてからじゃないと、書き始められないタイプです。途中で、こうした方が面白いかもって思うこともありますけど、予定を変更する不安の方が強いので、結局プロット通りに書いちゃいますね」


「なるほど。そういう書き方もあるんですね! 勉強になります!」

「河合先生が普通なんです。空豆先生の書き方が特殊なだけですよ」


「私は天才作家なので」

「もうそこは否定しません。あとは凡人に合わせてくれることを願うばかりです」

 ツヨシは苦笑いを浮かべた。日ごろの苦労がうかがえる表情だった。


「あの、空豆先生」

「はい。なんでしょうか」

 ユズリハが空豆を呼んだ。


「これは、小説とはあまり関係がないのですが、緊張しないためにはどうすればいいのでしょうか。私はこの通り、ただでさえ人と話すことが苦手で、人前で話したりすると、意識が飛びそうになってしまうんです」


 ユズリハは、スピーチを前日に壁に向かって何度も練習したという、授賞式のときのエピソードを話した。


「う~ん。難しい質問ですね。私は緊張したことがないので、あまり力になれそうにありませんが……」


「でしょうね」

 カイトも苦笑いを浮かべる。


「人間をただの肉塊だと思えばいいんじゃないでしょうか。どうでしょう、橘先生」

「参考にならなすぎてびっくりしました。何も期待してませんでしたけど。というか、肉塊ってなんですか。せめてじゃがいもでしょうよ」

 真顔で言う空豆と、呆れかえるカイト。


「ご、ごめんなさい。私なんかのために考えていただいてしまって」

 と、本当に申し訳なさそうにするユズリハ。


「いえいえ。お安い御用です」

「もう少しまともな案を出してから言って下さい。ああ、そういえば、宵渕先生の話も聞いてみたいんだけど」

 カイトは各部屋がある二階の方を見上げるようにして言う。


「ええっ⁉ 宵渕先生って、あの宵渕ヒメカ先生ですか? 今日、いらっしゃってるんですか? 高校生のとき、よく読んでました! ぜひ、お会いしたいですっ!」

 ユズリハが目を輝かせる。


 どうやら彼女は、死んだ目を虚空に向けながら、一人でお酒を飲んでいた宵渕にはまだ遭遇していないらしい。


「あはは。ファンならあんまり会わない方がいいかもしれませんね」

「どうしてですか?」


「世の中には、知らなくていいこともあるんですよ」

 カイトがなんとも言えない笑みを浮かべながら答える。


「あれ。倉田さん、どうしました? 魂が抜けたみたいな顔をしてますけど」

 唖然としている倉田ユウキに気づいて、ツヨシが尋ねる。


「あ、すみません。まさかあの方が宵渕先生だったとは……。私も高校生のときに作品を拝読してまして。すごく感動して泣いてしまったことを思い出して……。そっか。あの人が……」

 どうやら、知らなくてもいいことを知ってしまったようだ。


「で、宵渕先生は何してるんだ?」

「あの人なら、お酒を飲みすぎて部屋で寝てるよ」

 まったく、とツヨシがため息をつく。


「それはまた酷いっすね」

 空豆がムッとしたように腕を組む。


 カイトは、空豆の常識的な意見に少し驚いた。が、すぐに驚きは消えた。

「お酒を持ってきているなら、私にも分けてほしかったっす」

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