3-2 民宿到着


 定食屋で昼食を済ませ、電車に三十分ほど揺られたのち、本数の少ないバスに乗って十五分。バスを降りてさらに歩くこと約十五分。


「着いたぞ。ここだ」

 カイトとツヨシは、目的の場所に到着した。


「おお……。家みたいだな」

「なんだその貧困な語彙は。それでも作家か」


 二階建ての、木製の建物だった。少し大きめの普通の一軒家といった感じだ。都会の駅前にそびえるホテルと比べてしまえば、あまりにも小さい。


 周囲にはほとんど何もなく、二百メートルほど手前に一件だけ小さい個人経営の商店が建っていたくらいだ。他は畑や田んぼ、ボロボロになった農作のための道具が押し込まれている倉庫などがあるだけだった。


「まあ、あながち家というのも間違いではない。この建物の持ち主が、個人で経営している民宿だからな」


「へぇ」

「よし。入るぞ」

 ツヨシはスライド式のドアを開けた。


「ようこそいらっしゃいました。オーナーの倉田くらたと申します。本日から二日間、よろしくお願いいたします」


 カウンターで礼儀正しくお辞儀をするのは、口元のひげがダンディな、四十台くらいの男性だ。奥の方ではオーナーの奥さんと思われる女性が忙しそうに動き回っていて、一瞬だけこちらに向かって頭を下げた。


「こちらこそ、二日間よろしくお願いいたします」

 ツヨシも頭を下げると、出版社の名前を名乗り、名刺を差し出した。


「カイトは先に部屋に行っててくれ」

「ツヨシは?」

「作家が一人、もうすぐ到着するらしい。少しだけここで待ってる」

 カイトが尋ねると、ツヨシはスマホを見ながら答えた。


「わかった」

「ちなみにお前の部屋は――二号室だ」

 部屋の配置を確認しながら、ツヨシはルームキーを差し出した。


「サンキュ」

 カイトがそれを受け取る。


「お荷物、お部屋までお持ちいたしましょうか?」

 カイトが部屋に行こうとすると、従業員らしき若い女性が笑顔で尋ねた。


 誰かに似ている顔だなと思ったが、彼女の胸にあるネームプレートに『倉田夕貴ゆうき』とあって納得した。オーナーの娘なのだろう。オーナー夫妻だけでなく、娘も含めた家族でこの民宿を営んでいるようだ。


「はい。お願いします」

「お荷物お持ちしますよ」

「いえ。大丈夫です。重いので」


 ユウキがカイトのキャリーバッグを持とうとしたが、いくらこちらが客とはいえ、女性に重い荷物を持たせるわけにはいかない。

 カイトはキャリーバッグをそのまま持って、彼女の先導で階段を上る。


「あの……」

「はい」

 階段をのぼっている途中、カイトはユウキに話しかけられた。


「作家さんなんですよね?」

 執筆合宿ということは把握しているらしく、珍しいものを見るように、彼女は目を輝かせていた。好奇心が透けて見えるようだった。


「ええ。まあ、一応……」

「あの、すみません。なんだか、作家さんって、もっとこう……いかにも作家っぽい気難しそうな方をイメージしていて……そしたらすごく格好良い方だったので、びっくりしてしまって」


 キラキラした眼差しで、ユウキは楽しそうに言った。

 かと思えば、すぐに何かに気づいたように話し出した。


「ああっ、すみません。失礼な発言をしてしまって。よく、お客様相手に余計なことを言ってしまって、父に怒られてしまうんです。早くこの宿を安心して任せられるようないい男を見つけてこい、とか言うんですけど、私じゃ頼りないってことなんですかね。本当に失礼しちゃいますよもう」


「いえ。大丈夫です」

 そのエピソードも余計な話ではないか、と思わないでもなかったが、カイトは言わなかった。


 階段を上り終わって、廊下を進む。

 木製の壁には、明るさを抑えた飾り気のない照明が等間隔で設置されている。都会のホテルのような豪奢な感じではないが、これはこれで洒落ているし、安心感もある。


「それに、作家にも色々いますよ。至って普通に見える人も、本当に気難しい人も、頭のネジが数本ぶっ飛んでる人も」


「そうなんですね。頭のネジが数本ぶっ飛んでる人……。気になります」

 余計なことを教えてしまっただろうか。まあ、嘘は言っていない。

 どうやら倉田ユウキは、かなり好奇心が旺盛なタイプらしかった。


「ここが橘様のお部屋です。何かありましたら、遠慮なくおっしゃってくださいませ」


 その後、すぐに二号室にたどり着いた倉田ユウキは、完璧なスマイルを浮かべて従業員モードになり、最後に「それでは、失礼します」と、頭を下げて去って行った。


 部屋に入る前に、カイトは周囲を見回してみた。廊下の両側には四つずつドアがある。そのうち、客室と思われるのは奥の三つずつで、計六部屋。手前の二部屋は、おそらく備品などが置いてあるのだろう。


 部屋の番号は、西側の奥から一、二、三。東側の奥から四、五、六。カイトの部屋は二号室。北に向かって伸びる廊下の、西側の真ん中だ。


 ドアを開けて部屋に入る。

「おお……」

 思わず、感嘆の声を漏らしてしまったのは、部屋が想像よりも広く、綺麗だったためだ。


 ベッドに座ると、ちょうどいい柔らかさで押し返される。

 窓から見える眺めは、都会では絶対に見られないような絶景で、ぼうっと眺めているだけで心が安らぐ気がしてくる。


 部屋の角にはデスクも置いてあり、締め切り前の作家のための部屋ではないか、と錯覚させられるほどだった。


 これはたしかに、執筆がはかどるかもしれない。

 ツヨシの策略にまんまとはまっている気がするが、まあいいだろう。


 さっそく執筆を始めようかと思ったが、慣れない長旅で少し疲れていた。朝が早かったため、まだ午後一時前だ。少しくらい休んでもいいだろう。


 共用スペースの方に自販機とソファがあったのを思い出し、荷物だけ部屋に置いて一息つくことにした。


「ここにいたのか」

 カイトが広々とした共用スペースでくつろいでいると、ツヨシが現れた。一度部屋に荷物を置いてきたようで、スマホと財布以外は何も持っていなかった。


 ツヨシは自販機で

 ふかふかのソファに座って、飲み物を飲みながら雑談をする。


「今日は俺たちの他に誰が来るんだ?」

「他は、作家が三人だな。ほとんど貸し切り状態だ。ちなみにさっき来た先生は部屋で休んでるから、これから来るのはあと二人だな」


「ふーん。全員ツヨシが担当してる作家ってことか?」

「ああ。お互いに刺激を与えたり与えられたりしながら、創作論と拳を交わし合って、ぜひ良い作品を書いてもらえると嬉しい」


「拳は交わしちゃダメだろ。作家ロワイヤルかよ」

「拳は冗談にしても、普段関わらないような人種と関わることは、プラスにはたらくはずだからな。評判がよければ、来年も規模を大きくして企画するつもりだ。もちろん、カイト、お前も参加だからな」


「プレッシャーをかけるなって。ってか、また強制参加か」

「当たり前だ。どうせ来年も半引きこもり生活をしているだろうからな」

「それは否めない……」

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