第3章 冬の執筆合宿と密室告白

3-1 強制参加


 新年を迎えて一か月が経とうとしている真冬のある日。道路脇の溶け残った雪が、陽射しを反射して遠慮がちに存在を主張している。


 カイトとツヨシの小説家&担当編集コンビは、白い息を吐きながら都会の雑踏の中を歩いていた。


「……緊張してきた」

 カイトがボソッと呟く。


「今さら何を言っているんだ。別に日本語の通じない海外に行くわけじゃあるまいし」

「そりゃそうだけど……」


「ほら、早くしないと新幹線に乗り遅れるぞ」

「わかってるって」

 早歩きのツヨシに、カイトはしぶしぶついていく。


「忘れ物はないか? 今ならまだ戻ってもギリギリ間に合うぞ。着替えは持ったか? ハンカチは? ティッシュはあるか?」


「お前は俺のオカンか」

「担当編集だ。執筆用のパソコンは持ってるか? 充電用のケーブルももちろん忘れてないよな? 電車の中で新作のプロットでも考えておけよ」


「……オカンよりもやっかいだ」

「何か言ったか?」

「何も」

 カイトとツヨシの二人は、執筆合宿に向かっていた。


 ことの始まりは一か月前だった。

 いつものファミレスで打ち合わせをしていたとき、ツヨシがさらりと口にした。


「そうだ。来月、執筆合宿に行く」

「執筆合宿?」


「ああ。うちのレーベルで書いてもらってる作家たち何人かで行くんだが、お前もそれに参加することになった」


「おい、待ってくれ。参加することになったってどういうことだ? まさかの事後承認制?」

 参加することがいつの間にか決められていたカイトが抗議する。


「空気が美味しくて自然に囲まれた、小説を書くにはもってこいの場所だ。創作意欲があふれ出して、一日で長編が一つ書きあがるかもな」


「今はそんな話はしていない。質問に答えろ。どうして強制参加なんだ? 俺の意思は?」


「お前の生活範囲は狭すぎる。たまには遠出も必要だろ。小説のネタになるかもしれないしな。もちろん、旅費はすべて経費だ。デメリットはないぞ」

 悪びれることなく、ツヨシは腕を組んで言った。


「経費か……。まあ、それならたしかに得しかないかもしれないけど……」

 ツヨシの言う通り、デメリットはない気がする。が、ツヨシのことだ。何かを企んでいる可能性もある。油断はできない。


「執筆合宿といっても、交流会的なもの兼ねて、一泊二日、自然の中で無限に小説を執筆するだけだ」

「無限に執筆⁉ 地獄じゃないか!」


「目標は五万文字だ。そんなわけで、ちゃんと予定を空けておけよ。まあ、お前の場合は言うまでもなく空いているだろうがな」

「おっしゃる通りだ畜生!」


 そんな会話があり、今日がその合宿の一日目だった。

 二人は最寄りの駅から電車に乗って大きなターミナル駅まで行き、新幹線に乗り込む。


「ここだな」

 指定されたシートの番号を確認し、ツヨシが言った。


 そのまま奥に座ろうとしたところで、通路を挟んで反対側の席にいた旅行客らしき女性の二人組が、カイトの方を見て何かをささやき合っている光景が見えた。


「お前は奥に座れ。外の景色がよく見えるぞ」

 危機を察知したツヨシは、適当な理由でカイトを窓側へ押しやった。こんなところで鼻血を出されては困る。


「なっ! ツヨシお前、俺のことを子どもか何かと勘違いしてないか? もう外の景色を見て喜ぶ年齢じゃないからな」


「そうだったか。すっかり忘れていた」

「この野郎」

 そんなやり取りをしているうちに、新幹線が発車した。


「ふぁあ~あ。眠い……」

 シートに深く腰掛けたカイトが、大きなあくびをする。珍しく早く起きたためだ。正確には、インターホンの連打によってツヨシに起こされただけだが。


「まったく。生活リズムが乱れているからだぞ」

「いつも深夜に寝て昼過ぎに起きるのは、ある意味では規則正しい生活だと思うのですがいかがでしょうか」


「そういう屁理屈はいらん」

 カイトの反論は、ツヨシに一刀両断される。


「そういえば、合宿の詳細については、執筆地獄に落とされるってこと以外に全然知らないんだけど、他に誰が来るんだ?」


「さあな。それは到着してからのお楽しみだ」

 ツヨシが楽しそうな笑みを浮かべた。


「なんだその笑顔は。すごく怖いんだが……。というか、わざわざ遠くまで行ってまで合宿をやる意味なんて本当にあるのか?」


「新幹線に乗っておいて、今さらそんなことを言うな。創作において、環境というのは非常に大事だ。五年も編集をやっていればわかる。いつもと違う環境で執筆することで、新しい革新的なアイデアが生まれたり、いつもの何倍ものスピードで筆が進んだりする可能性もある」


 それらしい綺麗な理由を並べるツヨシだったが、幼馴染みのカイトは誤魔化せない。


「本音は?」

「会社の面倒なあれこれも満員電車も残業も忘れて遠くに行きたい。あと、そろそろ編集長を殴ってしまうかもしれないから、一息つきたかった」


「編集長、何したんだ」

「少し前に退職した先輩が担当していた面倒な作家を、全部こっちに押し付けてきやがった」


「ははは」

 乾いた笑いしか出てこなかった。


「まあ、作家のためというのも本音だ。お前だって家にこもって書いているだけだと、精神的にもきついだろう。作家という人種は引きこもりがちになるらしい。お前を筆頭にな」


「それはまあ、確かにそうだ。たまには俺も羽を伸ばすか」

「残念ながら、あくまで執筆合宿だ。担当編集の監視付きでな」


「はいはい。わかってますよ」

 外の景色は、カイトとツヨシが住んでいる都会のものから、自然の多い田舎のものに変わっていった。


 都会ではほとんど溶けていた雪が、この辺りではまだ残っていたりもする。元々、降雪量も多いのだろう。その純白は、葉の落ちた木々や、人工的に一切手の加えられていない山々という背景に、これ以上ないくらいに映えているように思えた。


「着いたな。ここから先は普通の電車とバスだ。バスは一時間に一本しかないから、このタイミングだと……そうだな、あまり急いでも意味が無さそうだ。とりあえず適当なところで昼食を食べるか」


 新幹線を降り、ツヨシがスマホを見ながら言う。今いるのは大きな駅であるため、飲食店がたくさんある。


「一時間に一本? ここは本当に日本か?」

「都会の方がおかしいんだよ。良かったな。これで、田舎が舞台の小説を書くときにバスの本数を不自然に描写せずに済むようになった。さっそく一つ目の収穫だ」

 二人はそんな会話をしながら、飲食店の並ぶ駅の構内を歩く。

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