2-2 MilKy TiMe


「おい、カイト。いったいどういうことだ。仕事はどうした。お前が傑作長編を執筆するとか言い出すから今日の打ち合わせは延期になったはずだろう。それがどうして飲み会になっているんだ」


 カイトの家の玄関に入ってきたのは、担当編集者であり、MilKy TiMeではギターを弾いていたツヨシだった。いつものスーツ姿ではなく、白いシャツに紺のジャケットを羽織っていて、下はジーンズというカジュアルなファッションである。


 ツヨシの言う通り、今日は本来打ち合わせの予定だったが、新しく思いついた新作を一刻も早く書き始めたくなってしまい、カイトが延期を希望したのだ。結局、その傑作長編はすぐに行き詰まってしまったわけだが。


「まあ、たまにはいいじゃねえか。それより早く飲もうぜ。アオイも来るってよ」

 こころなしか、カイトはいつもよりも砕けた口調になっている。今日の二人は、作家と編集という関係ではなく、大学時代の友人だからかもしれない。


 アオイというのは、メンバーの残りの一人である松本まつもとアオイのことだ。担当楽器はベースで、彼女の安定した演奏はバンドを根元から支えていた。


 本人もしっかり者で、バンドのリーダーでもあり、スタジオの予約やオリジナル曲の制作の指揮などを担っていた。サークル全体では副サークル長も務めていた。


「まったく。まだやらなくてはならない仕事だってあるんだ。今日だけだからな」

 ツヨシはため息をつきながら、カイトの後ろから部屋へと入る。


「わぁ、つよぽんだ。久しぶり~」

 ツヨシの登場に、満面の笑みで手を振るスミレは、すでにビールを飲んで顔を赤くしていた。


 彼女が新しく缶ビールを開けると、プシュッという間の抜けた音が響いて、場の空気が一段と弛緩する。


「久しぶりだな、小池」

 空いている場所に座ったツヨシがテーブルの上に置いたのは、大量のおつまみが入ったスーパーの袋だった。


「なんだかんだで、一番ノリノリなのはツヨシじゃないか?」

「たっ、たまたま家で余ってものを持ってきただけだ!」

 カイトの指摘に、ツヨシが慌てたように反論する。


「いやぁ、それにしても四人全員が集まるのっていつぶりだろう。卒業してから初めてじゃない?」


 スミレが早速ツヨシの持ってきたポテトチップスの袋を開封しながら言う。

「松本の結婚式があっただろ」

 几帳面なツヨシが訂正する。


「あ、そっか」

「でも、アオイの式も卒業直後だったし、久しぶりなことに変わりはないか。俺も最近はツヨシとしか会ってなかったからな」


「つよぽんが出版社に就職したのはなんとなくわかるけど、まさかカイトくんが小説家を目指すなんてね、本当にびっくりよ」

 カイトと会ったときにも言っていた内容を、スミレが繰り返す。


「本当にな。天才の言動は本当にわからん。それでしっかり売れてるものだからたちが悪い」


「なっ、たちが悪いってなんだよ! 酷い言われようだな」

 と、カイトが抗議する。


「編集者としてはありがたいがな。ただ、ほとんど小説なんて読んでこなかったお前が、一か月で長編を書いてそれがそのままヒットして、今では人気作家になっているんだ。そんなこと、小説家になりたくてもなれない人や売れていない小説家が知ったら、筆を折るどころか粉々にしてしまうだろうな」


「別に。その人が売れてないのは俺のせいじゃないし」

「正論だが、創作をする人間の多くはメンタルが弱いんだ。刺されないように気をつけろよ」


「こ、怖いこと言うなよ」

「あはは。本当にカイトくんは天才だよね。何してもうまくできちゃうし」

「そんなことないけどな。俺にだって苦手なものはある」


「例えば?」

 スミレが尋ねる。

「原稿の催促をしてくる担当編集」


「おいこら」

 ツヨシがカイトの頭にチョップを入れる。


「結局いつも間に合うんだからいいだろ」

 小説家になってから今まで、カイトは締め切りを破ったことはない。


「お前の場合は原稿というよりも普段の生活が心配なんだ。ここ最近はずっと昼夜が逆転しているじゃないか。たまにはしっかり太陽を浴びろ。このままだと生活習慣病になるぞ」


「それは否めない……」

「ふふ。カイトくんとつよぽん、本当に仲いいよね。羨ましいな」

 酔いもあってか、スミレが陽気に笑う。


「ただの腐れ縁だ。それより小池、大学一年生のときから言っているが、その呼び方はやめてくれないか? 鳥肌が立つ」

 ツヨシが両腕で自身の体を抱くようにして、眉間にしわを寄せた。


「えー? かわいい響きじゃない、つよぽん。つよぽんが私のことをずっと苗字でよそよそしく呼ぶから、代わりに私がつよぽんのことを馴れ馴れしく呼んであげてるんでしょ。つよぽーん」


 スミレはまったく気にせずに、つよぽんを連呼する。お酒も入っているため、普段よりも押しは強めだ。

 カイトはその様子を見ながら、楽しそうに笑っていた。


「いや、しかし、他人を下の名前で呼ぶのはどうもしょうに合わないんだ」

 生真面目なツヨシらしい答えだった。


「カイトくんのことは名前で呼ぶのに?」

「こいつは例外中の例外だ。幼稚園からの腐れ縁だからな。今さら変えるのもおかしいだろ」


「よし、今日の目標はつよぽんに名前で呼んでもらうことでけってーい。さあつよぽん、飲んで飲んでー」


「お前ら、酒もいいけどおでんを食え。冷めちまうぞ」

 カイトが買いすぎたおでんを勧めたそのとき、インターホンが鳴った。


「お、松本じゃないか?」

 ツヨシはスミレにビールを注がれながら言った。


「たぶんそうだな。行ってくる」

 おい、あふれるあふれる! ほらほら、早く飲んで! という楽しそうな二人の会話を背中に、家の主であるカイトは玄関へと向かう。


「や。久しぶり」

 ドアを開けると、小柄な体躯を花柄のワンピースで包んだ松本アオイが姿を現した。

 黒目がちな瞳と短めの茶髪は、彼女の明るく活発な性格をそのまま表している。


「突然の連絡だったのに、来てくれて嬉しいよ。二人はもう飲み始めてる」

 カイトはアオイを連れて部屋へ戻る。


「よっ、スミレとツヨシも久しぶりだね。そこのコンビニでおでんのセールしてたから、お酒と一緒に食べようと思ってたくさん買ってきたぞ」


 おでんが入っているであろう、コンビニのビニール袋を持ったアオイのその言葉に、彼女を除いた三人が、なんとも形容し難い、引きつった笑顔を浮かべた。

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