1-9 隠し事


 ファミレスからの帰り。ツヨシの家は、ファミレスとカイトのマンションとの間に位置するため、途中までは並んで帰宅する。


「なあ、カイト」

「どうした?」

 ツヨシの呼びかけに、カイトが返事をする。


「最後に店長に言った『よかったですね』ってのは、いったいどういうことなんだ?」

 ツヨシは、ファミレスを出てからずっと疑問に思っていたことを口にした。


「決まってるだろ。犯人がわかってよかったですねって意味だよ」

 カイトは白々しくとぼける。


「そんな訳がないだろう。あの店長さんの動揺っぷりはかなりのものだったぞ」

 隠していた大きな余罪が暴かれたときの顔をしていた。


「はいはい、わかったよ。でも、本人たちは隠してるみたいだからあんまり言いたくないんだけど」


「本人たち?」

 と、ツヨシは首をかしげる。


 そして、思ってもみなかった台詞が、カイトの口から飛び出した。

「店長はたぶん、茅野さんと交際してる」


「なっ⁉」

 ツヨシは驚きを露わにする。


「だってよく考えてみろよ。こっちがこの件はもういいです、ごめんなさいってこっちが言ってるのに、店長はわざわざ犯人探しまでするって言い出したんだ。普通は大きな問題にしたくないはずだろ」


「ああ。言われてみればたしかに」

 言及も解雇もしないが、犯人は知りたい。店長はあのときそう言っていた。何も罰を与えないのであれば、どうして犯人を知ろうとしたのだろうか。よく考えれば少しおかしい。


「店長が犯人を知りたがった理由は、心配だったからだ」

「心配って何が……」


「店長と茅野さんが交際していると仮定して、もう一度よく考えてみろ」

 ツヨシは数秒間考えて、すぐに閃いた。


「なるほどな。三人の中にいるカイトに告白した人間というのが、茅野さんではないことを確かめたかったのか」


「そういうことだ。茅野さんが俺に告白をしたわけではないとわかったとき、店長は安心した表情をしていたからな」


「でも、どうして茅野さんなんだ? 馬場さんが犯人だと判明したときに店長が安心したような顔をしていたから、会田さんと茅野さんの二択までは絞り込めたとしても……会田さんではないと確信した理由は何かあるのか?」


「店長が会田さんのことを紹介するときに、主婦と言っていた。もし店長の交際相手が会田さんだったら不倫じゃないか。ツヨシだって、会田さんが結婚指輪をしてたのを見てただろ」


「嘘をつくな。そんなのは理由にならない。むしろ不倫だから、お前の言葉にあんなに動揺していたともとれる」


 さすがに、それが理由にならないことくらいはツヨシにもわかる。

 店長と茅野チヒロが交際していたと、カイトの中で確信に至るまでの手がかりが、何か別にあったはずだ。


「ばれたか」

「ばれないと思ったのか? 本当のことを言え」

 ツヨシが厳しく追究する。


「俺がちょうど目を覚ましたとき、床に座り込んでいた茅野さんは、店長に抱きかかえられて起こされていた。そのあともしばらく、店長の肩を支えにして立っていた。二人の距離が異様に近いと思ったんだ」


「なるほど。……いや、しかしそれだけだと、店長がただ優しいだけという可能性もあるだろう。決め手にはならない」


「ああ、その通りだ。だがもう一つ不自然なところがあった。俺が意識を取り戻すちょっと前に、会田さんは店長を呼びに行ったんだよな」


「そうだな。お前は気絶していて直接は見ていないが」

 馬場が会田に店長を呼びに行くように頼み、会田はふらつきながらも店長の元へ向かった。


「店長と会田さんが俺たちのところに現れたときも、まだ会田さんはふらついていた」

「それがどうかしたのか?」


「あのとき、店長は会田さんの方を振り返ることなく、真っ先に茅野さんの心配をした。これでも決め手にはならないが、無理やり犯人をあぶり出そうとしていたことと合わせれば、二人の仲を疑うには十分だ。最後はちょっとカマをかけてみたけどな。おそらく俺の考えている通りだと思う」


「なるほどな。そういうことか」

 ツヨシは、カイトの鋭い観察眼に舌を巻いた。


 あの場でそんなところまで想像を巡らせることができるとは……。もしかすると、告白したのが馬場だということも、ツヨシが推理を披露する前にわかっていたのかもしれない。


「それに、監視カメラもそうだ」

「監視カメラ?」

 まだ何かあるのか。そんなことを思いながら、ツヨシは聞き返した。

 たしかに店長は、監視カメラの映像を確かめたくはないと言っていたが……。


「ああ。犯人を知りたいのに、監視カメラの映像は見られたくない。あれは、どこかのカメラに、店長と茅野さんが親密な関係にある証拠が映っている可能性があるから。そう考えられなくもない。まあ、この辺は完全に想像だけどな」


「すごい想像力だな。作家になれそうだ」

 ツヨシは素直に感心する。


「作家だよ」

「そうだったな」


「ちなみにさっき、不倫だから動揺していたのかもしれない、とお前は言ったが、あれも当たっているかもしれないな。店長の方が既婚者という可能性は十分にあり得る。あの動揺の仕方はなかなかのものだったぞ」

 カイトは笑いながら言うが、店長にしてみれば笑い事ではない。


「たしかにな。まあ、なんにせよ、他人の恋愛事情に首をつっこむのは悪趣味だ。推理はこの辺で終わりにしておこう」


「そうだな。いやぁ、それにしてもかなり出血したな。鉄分を摂取しないと」

 カイトは自分の鼻に触れる。


「こういうときのために、家の冷蔵庫にほうれん草が入っているだろう。作家になって引きこもるようになったから学生のときよりも頻度は減ったが、それでも三か月に一度は告白されているんじゃないか?」


「あー、そのくらいのペースだな。いっそ、外に出るときはサングラスとマスクをつけるべきか」


「やめておけ。有名人だと勘違いされるのがオチだ。サングラスとマスクでも、オーラまでは隠しきれないだろう。この色男が」


「色男って言われてもなぁ。告白されて鼻血出して気絶する色男じゃ意味ないだろ。それよりツヨシだってモテるじゃねえか。バリバリ働くのもいいけど、まだ二十代なんだからもっと遊んでいいんじゃないのか?」

 カイトは、ツヨシの背中を軽く叩いて笑った。


「うっ、うるさいな。余計なお世話だ」

 ツヨシは、焦りを隠すように語気を強める。ひそかに想っている人がいることについては、今まで誰にも言ったことはないし、これからも言うつもりはない。


「それよりもお前、打ち合わせしていた新作のラストシーンだ。まだ教えないとか言っていたが、まさかさっきの事件で記憶が飛んでるなんてことはないよな?」

 ツヨシは逃げるようにして話題を変えた。


「……」

 カイトは立ち止まって黙り込む。


「おい、黙るな!」

 ツヨシは焦ったようにカイトの肩をつかんで揺らした。


「……やばいな。完全に忘れた」

「なんてことを……」

 ヒットが約束された新作を失った担当編集は、頭を抱えて呟く。


「なんてな。ちゃんと覚えてるよ。期待して待ってろ」

 カイトは夜明けの薄暗さに不釣り合いな、爽やかな笑顔で種明かしをする。


 それを聞いたツヨシは安堵した。

「心臓に悪い冗談はよせ」


 お前はいつも真顔で冗談を言うから、本気かどうかわからないんだ、などと呟きながら、ツヨシは再び歩き出す。


 カイトもツヨシの一歩後ろをついていこうとする……が、ふと視線を感じて、後ろを振り返った。


「どうした?」

 それに気づいたツヨシが問いかける。


「いや。なんでもない」

 数時間前にファミレスで感じた視線も気になっていた。誰かがカイトを尾行しているといった証拠はないし、そういった人物に心当たりもないので、カイトは対策をすることができない。悪意を持った者でないことを願うばかりだった。


「それより、今日のツヨシはいつもに増して格好良かったな」

「何がだ」


「では次に、アリバイを聞きたいと思います。キリッ」

 カイトが、ファミレスでのツヨシの口調を真似て言った。


「最後の『キリッ』てのはなんだ。バカにしているのか」

 ツヨシは今になって恥ずかしさに襲われる。正直、面倒なことになったと思いながらも、推理を楽しんでいたのは事実だ。


「ええ、十分です。おそらく、犯人がわかりました」

「頼む! やめてくれ!」

 カイトの容赦ない追撃に、ツヨシはもだえる。


「ってかさ、今回の場合、犯行方法がわかってたんなら、アリバイなんて無意味だろ。どうして聞いたんだよ」


「いや、別に深い意味はなくてだな」

 素直にアリバイを聞いてみたかった、などとは言えない。まあ、カイトならうすうすわかっているだろうが。


「とにかく! 今回はタイミングが悪くてどうしようもなかったが、今後、同じことがないように気をつけろよ。知らない女性からもらった手紙の類は、ラブレターの可能性がある。そのことを念頭に置いておけ」


「はいはい。わかってるよ」

 ツヨシの小言に、カイトは適当にあいづちを打った。

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