1-8 落下する想い


「ここまで言えばピンとくるかもしれませんが、その代表的な方法である文章での告白を考えてみてください」

 ツヨシの披露する推理も、いよいよ佳境に入ってきた。


「手紙での告白となるラブレターだったり、最近だとメールやメッセージアプリなどを使って告白する若者も増えています。今回使われたのは手紙でしょう。おそらく馬場さんは、なんらかの紙に手書きで想いを綴って渡したのだと思われます」


 ツヨシは頭の中で組み立てた文章を、淀みなく話していく。

 ファミレスのスタッフたちは、ツヨシの話を黙って聞いていた。


「カイトが来店することは、事前にはわからなかったはずです。その場で告白を決意し、急いで書いたのでしょう。馬場さんは私たちの注文を受けてパフェを運んできましたが、カイトのパフェと一緒に小さく折り畳んだラブレターをテーブルに置いたのではないでしょうか。容器の下にでも滑り込ませたか、スプーンと一緒に直接手渡したかはわかりませんが」


 馬場以外のスタッフが、テーブルの方を見る。

「カイトの方も最初から気づいていたのか、食べ終わって気づいたのかは定かではありませんが、私がトイレに席を立ったときに、そのラブレターを読んだのだと考えられます」


「なるほど、確かにそれならば辻褄は合います。しかし、証拠というのは?」

 再び店長が発言する。ツヨシが推理を披露する前、店員たちの手を後ろに組ませたことについて言っているのだろう。


「馬場さんのエプロンのポケットの中にカイト宛のラブレターが入っていると、私は考えています。倒れているカイトを見たときの馬場さんの反応に違和感を抱いたことは先ほど話しました。そして、会田さんに店長さんを連れてくるよう頼んだ彼女が最初におこなったことは、床の血を掃除することでした。ここにも小さな疑問が生じます」


「たしかに、お客様が気を失っているなか、掃除を優先するのはおかしいような気もしますね」


「はい。それもあります。それにもう一つ。テーブルから床に血が垂れていたにもかかわらず、彼女はテーブルより先に床の掃除を始めました」


 万物は重力に従い、地面に落ちる。

 血で染まった現場を綺麗にしたいのであれば、先にテーブルの血を掃除するか、床に血が垂れてこないようにするべきだった。


「まるで、誰よりも先に床に落ちている何かを回収しようとするかのように」

「まさかそれが……」


「そうです、店長さん。馬場さんがしたためたラブレターです。カイトはパフェと一緒に渡された手紙を読みましたが、それがラブレターだったことが明らかになると、鼻血を出して気絶してしまいました。そのときにラブレターを床に落としてしまったのでしょう」


 見てもいないそのときの光景を、ツヨシは頭の中に思い描く。

 気持ちを綴ったラブレターが床に落ちていくのと同時に、馬場ベニカの恋は散っていった。


「ラブレターをどうにかカイトに渡した馬場さんでしたが、会田さんの悲鳴を聞きつけて再びここへ来たとき、床に自分の書いたラブレターが落ちているのを見つけました。そして、この事件に自分が関わっていることを知られたくなくて、急いで回収しようとした。それが、彼女の不自然な行動につながるわけです」


「なるほど……」

 店長が小さく呟いた。


「あのときはおそらく、本当に重大な事件だと思って焦ったのでしょう。人が血まみれで気を失っているのだから無理もありません。とまあ、以上が私の推理です。どうですか、馬場さん」

 ツヨシは自信に満ちた顔で馬場を見据えた。


「……はい、全ておっしゃる通りです。手紙も、ここにあります。ご迷惑をおかけしました」


 馬場はポケットから雑に折りたたまれた紙を出してそう言うと、カイトとツヨシに向かって、深く頭を下げた。


「それと店長、勤務中に不適切なおこないをしてしまいました。すみませんでした」

 店長に対しても同様に謝罪をする。


「あ、ああ。今回は多目に見るが、次からは気をつけるように」

 店長のその言葉に安心したようで、馬場は顔を上げ、泣きそうな顔で再び「ありがとうございます!」とお辞儀をする。


 そのとき、なぜか店長の顔にも安堵の色が浮かんだのを、カイトは見逃さなかった。


 事件は解決され、ちょうどカイトの鼻血も止まったようだ。

 ちりーん、と入り口で鈴の音が響き、新しく客が入ってくる。時刻は午前二時半になろうとしていた。


「それではみなさん、仕事に戻ってください」

 店長の指示に、三人の店員は「はい」と声を揃えて返事をし、それぞれの持ち場に戻る。


 カイトとツヨシは汚れているところがないかもう一度テーブルを確認し、伝票を持って席を立った。


 レジには店長の土井が待っていた。

「うちのスタッフがご迷惑をおかけしました。その上、犯人探しまでしていただいて、ありがとうございます」

 彼はそう言って、深々と頭を下げた。


「いえいえ、こちらこそご迷惑をかけてしまって……」

 ツヨシが恐縮する。


「ぜひ、また当店をご利用ください。なんなら、小説内でモデルにしていただいても結構ですよ。宣伝になるかもしれないので」

 肩の荷がすっかり下りたかのように、店長は機嫌よく笑う。


「はい。また来させてもらうと思うので。ただ、こいつの体質については理解していただけるとありがたいです」

「ええ。もちろんです」


「それと、もし何か、他に汚してしまったものなどが見つかれば、おっしゃってください。今回は、本当にご迷惑をおかけしました。それでは」


 ツヨシはにこやかに告げると、ほらお前も謝れ、とでも言うように隣のカイトを小突く。


「ご迷惑おかけしました。それと――」

 カイトは不敵な笑みを浮かべて。


「店長さん、よかったですね」


 なぜか、そんな場違いな発言をした。

 しかし店長は動揺したらしく、釣り銭を床に落としてしまった。


「しっ、失礼いたしました」

 ツヨシは、カイトの言葉の意味も、店長がそれに動揺した理由もわからなかったが、無事にお釣りを受けとると、店をあとにした。

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