1-7 探偵モード


「おっと、動かないで下さい。大事な証拠が消えてしまう可能性がありますので。会田さん、馬場さん、茅野さん、まずは手に何も持っていないことを確かめさせてください」


 その台詞に、スタッフの三人は両手を広げて前に出した。ツヨシは彼女たちの手のひらを確認し、うなずいた。


 正直、こういう役回りはあまり得意ではないのだが、こうなってしまったら仕方ない。とことん役に入り込んで、恥ずかしさを忘れることにしよう。


「ありがとうございます。三人とも、何も持っていないことを確認しました。それでは次に、手を後ろで組んでください」

 女性店員たちはツヨシの言うとおり、後ろで手を組んだ。


 この場の主導権は、完全にツヨシが握っていた。

 まだ出血が止まらないのか、鼻を紙ナプキンで押さえたままのカイトは、どこか楽しそうに幼馴染みの活躍を黙って見ていた。


「それでは、私の仮説を話したいと思います。こいつ、橘カイトが血の海に倒れている光景を見たときの、三人の反応を整理します」

 すっかり探偵モードのツヨシは、未だに出血中の友人を指差しながら言った。


「まず、私の呼び出しに応じた会田さんが、血まみれのテーブルを見て悲鳴をあげました。その悲鳴ですぐに駆けつけた馬場さんは、床の掃除を始めました。同じく駆けつけた茅野さんは、腰を抜かしてしまいました。ここまではいいですね?」


 指摘され、三人は首を縦に振る。

 会田と茅野は、先ほどの醜態を言葉で説明されたせいか、少し恥ずかしそうだった。


「そのときの、ある人の行動と店長さんの紹介との間に、私は少し違和感を抱きました。といっても、悲鳴をあげたり、腰を抜かしたりするのは、ごく普通の反応だと思います。あんな大量の血液を見れば、誰だってそうなるでしょう」


「殺人事件の現場だと思いました」

 悲鳴をあげた会田が、神妙な面持ちで言った。

 腰を抜かした茅野も、その通りだ、と言うようにうなずく。


「私が気になったのは、馬場さん、あなたの行動です。ここからは馬場さんが犯人であると仮定してお話をします。もし事実と異なることがあれば、すぐにおっしゃってください」


 そのツヨシの言葉に、馬場は下を向いてしまった。ここで否定しない時点で、犯人であることを認めているようなものである。


「店長さんには、予想外の事態に焦ってしまうことがあると言われていた馬場さんですが、カイトが倒れているのを見ても、悲鳴をあげたり腰を抜かしたりせずに冷静な対応をしました。いや、したかのように見えました。しかし、その行動が逆にあなたを犯人だと示しているのです」


「馬場さんが予想外の事態に焦ってしまうと言ったのは、まだここで働き始めたばかりだからで、不慣れな業務と関係のない、今回の場合はあまり参考にならないと思うのですが……」

 店長が口をはさんで馬場をフォローする。


「もちろん、店長さんの言葉と馬場さんの冷静な対応の差も、少しは不自然に思いましたが、その理由だけで、彼女を犯人だと判断したわけではありません」

 ツヨシは馬場をじっと見ながら宣言した。


「まずは皆さん、カイトがまだ気絶していたときの状況を思い出して下さい」

 ツヨシがカイトの方へ向き直ると、店長と三人の店員も同じように視線を移した。


「カイトは、テーブルの方を向いたまま――つまり、ソファ席に真っ直ぐに座ったまま倒れていました。鼻血も、床に垂れてはいましたが、血溜まりはテーブルの上にできていました。さて。想像していただきたいのですが……好意を伝える場合、もしくは伝えられる場合、普通はお互いに向き合って話すのではないでしょうか?」


「まあ。それはそうでしょうけど……。何か今回のことと関係があるのですか?」

 店長が首をかしげる。


「はい。スタッフの誰かが、通路からカイトに告白をしたとします。もしも、カイトが話を聞く体勢になっていたとすると、このテーブル席の配置的に、体を通路側に向けて気絶をするはずです。だから、血溜まりができる場所がテーブルの上というのはおかしいと思いませんか?」


「言われてみれば、そうかもしれません……」

 店長が同意する。


「この疑問を解決できる仮説が二つほどあります」

 ツヨシは右手の人差し指と中指を立てた。いかにも名探偵というような所作に、恥ずかしさが再び湧き上がってくる。場はしーんと静まり返っていて、ツヨシの次の言葉を待っていた。


「まずは、カイトの正面、つまり私が座っていた場所ですね。犯人がそこに座って告白をした場合です。そのようにして向かい合って告白が行われたと考えると、カイトが先ほどの状態で気を失っていてもおかしくはありません」


「なるほど」

 店長が納得したようにうなずく。


「しかし、私が席を外していたとはいえ、いつ戻ってくるかわからない状況で、犯人がそんなリスクを冒すとは考えにくい。よって、この考え方は少し無理があるように思えます」


「では、もうひとつの仮説は……」

 店長が尋ねる。


「一般的に告白というのは、かなり勇気が必要な行為です。なので、人間は昔から、様々な方法で他人に想いを伝えてきました」

 それを聞いて、馬場はビクッと体を震わせた。

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