1-6 犯人探し
「そちらの男性の方が、女性から想いを告げられると、直前の記憶を失って鼻血を出して気絶してしまう……というのは、まだちょっと信じられませんが、嘘を言っているような感じではありませんでした。あなたの言う通りなのでしょう」
納得はできないが理解はできた。というような複雑な表情を、店長の土井は浮かべた。
「ただ、勤務中のスタッフがお客様に個人的に接触したとなれば、責任者として見過ごすわけにはいきません。あなた方にきちんと謝罪する必要があります。女性スタッフは、今の時間帯はここにいる三人だけです」
彼は店員たちの方へ向き直る。
「お客様に迷惑な行為をはたらいた者は名乗り出てください」
店長が三人の女性店員を順に見る。
しかし、彼女たちは全員一様に視線を下の方へ向けていて、名乗り出る雰囲気はない。それでも店長は諦めずにじっと待っている。
「お説教をしようというわけではないですし、減給や解雇もしません。どうか、正直に名乗り出てほしいのですが……」
店長は、声に優しさをにじませながら、半ば懇願するように言葉を紡ぐ。
ああ、面倒なことになってしまった……。
勤務中に、客の男性に言い寄ったのだ。そもそもが自白しづらいようなことだし、後になればなるほど名乗り出るのに勇気がいる。
これではいつまでも帰れそうにないと判断したツヨシが、再び席に座って提案した。
「監視カメラを確認するのはどうでしょう」
普通のファミレスであれば、防犯対策で監視カメラくらいはついているはずだ。映像を確認すれば、犯人も一目瞭然だろう。
「監視カメラ……ですか?」
店長の肩を借りて立ちながら、ずっと口をつぐんでいた茅野が、困惑したように言う。
嫌そうな表情をしているが、それを言葉にはしない。まるで、自分が怪しまれてしまうのを避けるかのように、茅野は再び口を閉ざす。
しかし、
「監視カメラは……すみませんが、ちょっと」
茅野ではなく店長が難色を示した。その言葉に、茅野がわかりやすく安堵の表情を浮かべた。
「そこまではしたくないといいますか……できれば、スタッフを追い詰めるような形にはしたくありませんので……」
「そうですか」
言いたいことはわからないでもない。が、それなら最初から犯人探しなどせずに、うやむやにしてしまえばいいのではないか、とも思う。
とにかく、店長はあくまで、犯人が自分から名乗り出るのを待つという考えらしい。
ならば――。
「わかりました。では、私も犯人探しを手伝います」
早く帰りたいツヨシが、最終手段に出た。
「いや。それは……さすがに申し訳ないです」
店長が慌てたように言う。
「でも、犯人がわからないと落ち着いてお仕事ができないんじゃないですか?」
「まあ。そうですが……」
「それに、こう見えても、私たちは小説家と編集者です。ミステリー小説なら何冊も読んでいますし、推理なら多少の自信はあります」
「そうなんですね。では恥を承知のうえで、お願いしてもよろしいでしょうか。すみません。重ね重ねご迷惑おかけします」
しぶしぶ、というように、店長がツヨシに頭を下げた。
ツヨシはこれまで、何作かのミステリー作品を担当している。が、推理に自信があるというのは嘘だった。ミステリー小説をたくさん読んでいるからといって、現実の事件に対応できるかどうかとはまた別だ。
しかし今回は、犯人の目処はすでについている。あの女性の行動は、明らかに不自然だった。
「はい。それでは、とりあえず店員さんたちの名前と、簡単な紹介をお願いします」
「わかりました。私から紹介します」
そう言って、店長がスタッフを一人ひとり紹介していく。
「アルバイトリーダーの会田アカリさん。二十七歳の主婦です。しっかり者で気が強い。この職場だけでいえば私より先輩で、彼女にはいつも助けられています」
最初に紹介されたのは、二人を案内したポニーテールの店員だった。少し吊り上がった目は、たしかに気の強さを感じさせた。
鼻血を出して気絶したカイトを見たときは悲鳴をあげ、その後も床に座り込んでしまっていた。今も少し気分が悪そうに見える。
「馬場ベニカさん。二十一歳の学生です。働き始めてまだ一か月も経っていませんが、仕事を覚えるのが早くて非常にありがたいです。ただ、予想外の事態に焦ってしまうことがまだあるようです」
続いて、料理を運んできたショートボブの店員。料理を運んだときもそうだったが、どこかオドオドした感じで縮こまっている。元々低い身長が、余計に小さく見える。
しかし、先ほどの惨劇を前にして、いち早く対応したのは彼女だった。すぐに床の血を掃除し始め、救急車を呼んだかどうかを確認した。結果的に呼ぶ必要はなかったが。
「茅野チヒロさん。二十三歳。働き始めて三か月くらいですかね。よく細かいところに気づいてくれます。このお店が綺麗に保たれているのも彼女のおかげです」
最後に、ツヨシたちの注文をとったゆるふわカールの店員。彼女の醸し出す雰囲気も、髪型と同様にゆるっとふわふわしている。カイトが覚醒して安心したのか、今は店長の肩を借りずに立っていた。
「以上ですね」
「ありがとうございます。では次に、アリバイを聞きたいと思います」
「アリバイ……ですか?」
刑事ドラマでよく耳にするような単語を聞いて、店長が狼狽える。
「ええ。カイトが一人になったのは、私がお手洗いに席を立っていた約三分間だけです。つまり、呼び出しボタンが押された時間より三分前、あなた方は何をしていましたか?」
ツヨシの鋭い眼光が三人の容疑者を貫く。
「私は、お皿を洗っていました」
と、会田。
「レジのお釣りの両替をするために、金庫まで行っていました」
と、馬場。
「バックヤードで、備品の発注をしていました」
と、茅野。
「なるほど。三人とも、それぞれ別のところに一人でいたということですね」
「はい。そうですね」
会田が代表して答えた。
「つまり、誰にもアリバイはなく、告白は可能だった。そういうことになりますかね……。それで、どうですか? 何かわかったことはありますか?」
店長が、ツヨシの顔色をうかがうように聞いた。
「ええ、十分です。おそらく、犯人がわかりました」
店長を含めた店のスタッフたちは、驚いた様子でツヨシを見た。
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