1-5 特異体質


 最初に呼び出しに反応して現れたのは、入店したカイトたちを案内したポニーテールの店員、会田だった。彼女は血の海を見て大きな悲鳴をあげ、それを聞いたゆるふわカールの茅野とショートボブの馬場も駆けつける。


 オーダーを取った茅野は、悲鳴はあげなかったものの、その場で腰を抜かして床に座り込んでしまった。


 三人の中では、食べ物やパフェを運んできた馬場が最も冷静なようだった。

「アカリさん、店長を呼んできて下さい」


 悲鳴を上げたまま固まっていた会田に指示を出すと、自身はテーブルに設置されている紙ナプキンを束でつかみとり、床の血を拭き始めた。


 アカリというのは会田の下の名前らしい。彼女は、強張った表情と覚束ない足取りで、ふらふらと厨房の方に歩いていった。


「あっ、えっと、すみません。お連れの方ですよね。救急車ってもう呼びましたか?」


 馬場はツヨシに問いかける。必死で平静を装ってはいるが、声が震えていた。テーブルが血まみれになっているのだから無理もない。


「いえ、呼んでいませんが、呼ぶ必要もありません。おい、カイト、起きろ」

 ツヨシは冷静に答えると、カイトの頭をつかんでゆする。


 すると、カイトがガバッと顔を上げた。すかさずツヨシはテーブル上の紙ナプキンを数枚つかんで、カイトの鼻の部分を押さえる。慣れた手つきだった。


「止まるまで持ってろ」

 そう言いながら、カイト自身の手を添えさせた。


 そこへ店長らしき男性と、少し遅れて、まだ足取りがしっかりしていない会田が到着した。顔色も少し悪いようだ。そしてとうとう、会田はその場にしゃがみこんでしまった。


 馬場はまだギリギリ落ち着いているようだが、会田と茅野は目の前の血で染まった光景に圧倒され、立ち上がれない状態であるらしい。


「大丈夫ですか?」

 店長はそう声をかけ、床に座り込んでいる茅野を、優しく抱きかかえるように起こす。


「店長の土井どいです。えっと、何があったんですか?」

 低く渋い声。土井は中肉中背の三十歳くらいの男性だった。落ち着いた雰囲気で、誠実そうな印象を受ける。


 しかし、今は慌てている様子でおろおろしていた。床とテーブルに赤い血液が広がっているのだから当然だが。


 何が起きたのかわからないファミレスのスタッフ四人と、紙ナプキンで鼻を押さえているカイト。血に染まったテーブルと床。


 この場では、ツヨシ以外は誰一人、状況を正確に把握できていないようだ。

 説明するしかないか……。

 ツヨシは色々と諦めて、小さくため息をつく。


「結論から言ってしまうと、これはただの鼻血です。命に別状はないので心配はいりません」


 ツヨシが馬場のあとを継ぎ、床を掃除しながら答えた。

 床の血液を吸い取っていると、手の甲に血が一滴落ちてきた。テーブルから垂れてきたようだ。


 ツヨシは一度立ち上がり、テーブルの縁に紙ナプキンを置くことで、血を吸収させてせき止めた。


「え? でもその人、さっき気を失ってませんでしたか?」

 腰を抜かしていた茅野が、まだ立っているのがままならないのか、店長の肩に寄りかかりながら疑問を口にする。


「はい。それについては、こいつの体質を説明しなくてはなりません」

 ツヨシは、仕方ない、と言いたげな表情で話を始める。


「見ての通り、こいつは無駄に優れた容姿を持っています。それと、友人である自分が言うのもなんですが、頭も良い上に性格も悪くない。なので、女性によく言い寄られます。しかし、こいつにも欠点があって、女性に想いを告げられる、つまり、愛の告白をされると、鼻血を出して気絶してしまうのです。しかも、その直前の記憶を失って」


 床の血を拭き終わったツヨシは立ち上がり、店長、そして店員たちに順に視線を走らせながら言う。


 カイトはようやく自分の身に起こったことを理解したらしく、鼻を押さえながら、恥ずかしそうに目線を下に向けた。


 しかし、彼ら店のスタッフはポカーンとした顔をしている。まあ、これが普通の反応だろう。

 ツヨシは咳払いをした。


「とにかく、お客さんが他にいないので、この店の女性の店員の誰かが、こいつに愛の告白をしたのだと思います。ただ、気絶したとはいえ、被害を与えようと思ってなされたことではないと思いますし、むしろこんなことになってしまって申し訳ない」

 ツヨシが神妙な顔で謝る。


 ファミレスのスタッフたちからは何も反応がない。ツヨシが説明したカイトの体質と、今の状況について、まだ飲み込めていないという様子だ。


「こいつの鼻血が止まり次第、会計をして帰ろうと思います。あと、可能な範囲で掃除はしましたが、まだ汚れてしまっている部分もあります。雑巾か何か、掃除用具をお借りできればこちらで綺麗にします。本当にご迷惑をおかけしました」

 そう言って再び頭を下げる。


 それに倣って、カイトも紙ナプキンで鼻をつまんだまま、ペコリと一礼する。

 これでとりあえずは解決ということになるのだろうか。ツヨシがそう思ったとき。


「待ってください!」

 口を開いたのは店長だった。

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