1-4 店員の視線


「ところで、ツヨシ」

 新作の構想の話がひと段落したところで、カイトがきょろきょろと周囲を見回した。


「どうかしたか?」

「何か視線を感じないか?」


「……いや、特に何も」

 ツヨシも周囲を観察してみたが、誰かに見られている気配は感じなかった。


「そっか。じゃあ、気のせいかな」

 カイトはそう言いつつも、怪訝な表情を浮かべたままだ。


「店員じゃないのか? 入って来たときのポニーテールも、注文を取ったゆるふわカールも、お前を見て赤くなってたぞ。厨房からこっそり視線を送っているのかもしれないな」


「そうだといいんだけどな……」

 カイトのその発言は、自分が女性から好意を持たれていることを肯定することとイコールだ。


 ツヨシはまだ慣れているからいいものの、他の人が聞けばイラっとするかもしれない。だが、カイトのそれは自意識過剰でもなんでもない、ただの事実なのだ。


 そこに「お待たせいたしました」と、ショートボブの店員が現れ、ピザとポテトをテーブルの上に並べた。二人とも初めて見る店員で、おそらく最近働き始めたのだろう。皿を並べる手つきもどこか危なっかしい。


 この店員も前の二人と同様に、カイトを見て頬を赤く染めた。ネームプレートには、馬場ばばとある。


「ご注文は以上ですべておそろいでしょうか?」

 馬場はカイトだけを見て尋ねる。ツヨシの方には見向きもしない。


「はい。ありがとうございます」

 にこやかに返事をするカイトを、彼女は直視できないらしく、すぐに奥へ引っ込んで行く。


 こいつもか、とツヨシは少しだけやるせない気分になった。

 カイトのことを見て、その容姿に見とれているだけならまだいい。しかし、カイトに近づきたい、具体的に言えば恋人の関係になりたいと思っても、それは絶対に無理だ。


 その理由は、カイトの唯一の〝欠点〟にある。その欠点ごと受け入れようと思っても、それ自体が不可能なのである。


 しかし残念ながら、女性の三人に一人は本気でカイトのことを好きになってしまう。そして、その全てが報われない恋となり、あっけなく散ってゆく。


「とりあえず食べるか」

 今の店員も薬指に指輪はなかった。それを言うとまたカイトに小言を言われるかもしれないので、口にはしない。


「ああ。そうだな」

 カイトはなんとも言えない表情でうなずきつつも、ピザカッターでピザを器用に八等分し、その一欠片を口に運ぶ。


 ツヨシもポテトをつまみながら、作品についての質問をいくつか投げ掛ける。

「最後以外は決まってるのか?」

「ああ。ほとんどな」


「ヒロインが主人公を好きになるきっかけが薄すぎないか?」

「それは……ちょっと思ったけど、仕方ないだろ。恋愛の経験なんてないんだから」


「まあ、別にいいか。実際、恋愛なんてそんなものだしな」

「うわ、大人の発言だ……」


「おいやめろ。そんな顔で見るな。それより、このキャラは少し危なくないか? ただの悪役になってしまっているような気がするのだが」


「たしかにそうかもしれないな。たぶん、こいつが主人公に向ける悪意の裏側に何かがあるんだろう」


「その何かってのはなんだ?」

「もちろん、今から考える。この悪役は、昔、好きな人がいたけど、その女の子は主人公が好きだった」


「ありきたりだが悪くない。だが、ただの逆恨みになってしまっているな。ああ、こういうのはどうだ? 少しひねって――」


 こんな感じで、作品についてカイトとツヨシは意見を交換し、具体的なアイディアを出し合うが、実際に採用されるのは二割程度だ。それでも、創造力をはたらかせるこの作業を、二人とも心の底から楽しんでいた。


「あ!」

 カイトが突然、大きな声を出す。


「どうした?」

「思いついた!」


「何をだ?」

 ツヨシが尋ねる。


「この話の終わり方だよ」

「本当か?」


「ああ。それはもう最高のラストだ。ツヨシには読んで確かめてほしいから、まだ言わないけどな」

「大丈夫なのか?」


「まあ、任せとけって。次までにプロットを作っておく」

「そこまで言うんなら……まあ、期待してるぞ」


 カイトが自信を持って言うのならば、間違いはないだろう。ツヨシは楽しみに待つことにした。


 様々なアイディアが出て話が盛り上がり、時刻は日付を超えて深夜の一時。ツヨシたちはデザートのパフェを追加で注文した。


 運んできたのは、先程と同じくショートボブの店員、馬場だった。

 馬場は、カイトをチラりと見ては目を反らす動作を繰り返しながら、二人分のパフェとスプーンをテーブルに並べていく。見られているカイトの方は、彼女の目線はあまり気にしていない様子だ。


 カイトはイチゴパフェを、ツヨシはチョコレートパフェを注文していた。

 パフェは美味しかった。背徳的な気持ちになりながら、とろけるような甘さを味わう。多少値は張るが、それだけの価値が、深夜のパフェにはあった。


 深夜に甘いものを食べるのはよくないとわかってはいるが、たまには食べたくなるときだってある。社会人はストレスが溜まるのだ。特に昨日は本当に酷かった。あの編集長のせいだ。おかげで疲れたし、カロリーも消費した。さっさと異動になってしまえばいいのに……。


 ツヨシはそんな言い訳をしながら、無我夢中でパフェを平らげた。前を見ると、カイトの方もあと一口で完食するところだった。


 気がつくと、すでにファミレスに入ってから約二時間が経過していた。

「おっと、もうこんな時間か」


「そろそろ行くか?」

「そうだな。その前に、ちょっとトイレに行ってくる」

 ツヨシがバッグの中からハンカチを取り出し、席を立った。


 そして、ツヨシがトイレから戻ると、カイトがテーブルに血の海を作って突っ伏していた——という状況に繋がるのである。


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