1-3 打ち合わせ


 ツヨシとカイトが打ち合わせのときによく使う、二十四時間営業のファミレスは今日もいていた。客よりも店員の方が多いのではないだろうか。


 駅から微妙に遠く、周りには同じく二十四時間営業のファストフード店なども点在していることが原因だろう、とツヨシは分析する。あるいは、この時間帯のせいかもしれない。夕食の時間帯などであれば、もっと混雑している……と、思いたいところだ。深夜にカイトを連れ出すのに都合のいい店であるため、あまり潰れてほしくはない。


 入店した二人の他には、ちょうど会計を済ませて店を出ようとしている三人の大学生らしき若者がいるだけだった。


 その大学生たちも、店員の「ありがとうございました、またお越しくださいませ」の声を背中に受けながら店を出て行ったため、結局店内には、カイトとツヨシの二人しか客がいない状態となった。


「いらっしゃいませ、二名様ですか?」

 ポニーテールの女性が、満面の笑顔で二人を出迎えた。よく見る店員だった。


 胸元のネームプレートを見て、会田あいだという名前だったことを思い出す。おそらく、またすぐに忘れてしまうだろう。会田は少しつり目気味で、強気そうに見える美人だった。


「はい。二人です」

 と、ツヨシが返事をする。


「かしこまりました。ご案内いたします」

 彼女がカイトを見て頬を赤く染めたことに二人とも気づいていたが、その程度の反応は毎回のことで慣れているため、特になんとも思わなかった。


 会田の左手の薬指には指輪がつけられていた。カイトの整った容姿は、既婚者すら魅了してしまうのだ。


 案内された席は、通路に対して垂直にテーブルとソファが配置された、四人がけの席だった。ちょうど電車のボックス席のような形だ。通路以外の面は、高めの衝立ついたてで区切られている。


「ご注文がお決まりになりましたら、ボタンでお呼びください」

 マニュアル通りの接客をし、会田は去って行った。去り際にカイトの顔を盗み見ることも忘れない。


「相変わらずだな」

 ツヨシが呆れたように言う。


「ははは。もう慣れてるよ。必要以上に近づかれなければ問題ない」

「そうだな。まあ、今の店員は既婚者だし、リスクを負ってお前に近づいてくる可能性は低い」


「よく観察してるな」

「面倒ごとを事前に避けたいだけだ。後処理が大変だからな。それに、他人への説明も」

 ツヨシはメニューを広げて眺める。


「腹は減ってるか?」

「うーん、まあまあ減ってるかな」

 ツヨシの問いかけに、カイトはお腹をさすりながらあいまいな答えを返す。


「さっきまで約束を忘れて寝てたみたいだしな」

「うっ……。悪かったって」

 カイトはバツが悪そうに謝罪を口にした。


「とりあえず、適当に何か頼むか」

 ツヨシはそう言って、ファミレスによくあるタイプの呼び出しボタンを押す。


「お待たせいたしました。おうかがいします」

 数秒も経たずに笑顔で現れたのは、ゆるふわカールの店員だった。こちらも何度か見たことのある店員だ。ネームプレートには、茅野ちのと書かれている。


「ご注文をおうかがいいたします」

 舌足らずな喋り方も相まって、柔らかい雰囲気を漂わせている。

 ツヨシは適当に見繕ったピザとポテト、加えてドリンクバーを注文する。


 店員は注文を繰り返しながら、カイトの方をチラチラ見ていた。その視線は、誰が見てもわかるほどに熱がこもっていた。


 もはやガン見してくれた方がカイトも楽だろうな、と心の中で思う。

 ツヨシは少しだけカイトが気の毒になった。


「ご注文を繰り返します」

 茅野が復唱し、最後にカイトの方をちらりと一瞥して去って行った。


「薬指に指輪なし。要注意だな」

「またお前は余計なところを観察して。悪趣味だぞ」

 カイトが呆れたようにツヨシを見る。


「誰のためだと思っているんだ」

「はいはい。気にかけていただいて感謝しております」

 カイトがおどけたように言う。


 たしかに、少し過保護すぎるかもしれない。しかし、過保護すぎるくらいでちょうどいいのだ。なぜなら、こいつは――。


「ドリンクバーいれてくるよ。何がいい?」

 カイトの問いかけで、ツヨシは我に返る。


「そうだな。コーヒーを頼む」

「了解」

 カイトがドリンクバーで飲み物を用意している間、ツヨシは伸びをする。疲れがたまっていた。


 それにしても……。相変わらずカイトのモテようは半端ではない。改めてそう思う。そこら辺の一般人とはオーラからして違う。芸能人と言われても納得できるレベルで容姿が整っているのだ。顔だけではなく、動きや表情まで洗練されていて、非の打ちどころがない。まさに完璧なのだ。


 注目されてしまうのも仕方ないか……。これは、決して幼馴染みのえこひいきなどではなく。


「お待たせ」

 カイトが二人分の飲み物を持って帰ってきた。カイトはミルクティーのようだ。


「悪いな」

 ツヨシがコーヒーを受け取る。しっかりミルクと砂糖もソーサーの上に載っていた。


 二人して半分ほど飲むと、ツヨシは話を切り出した。


「それで、次回作の構想とかはあるのか? 編集長からは特に指示はない。すべて作家と担当編集に任せると言っていた。丸投げして楽をしたいだけなのだろうが、余計な提案をされるよりはそっちの方がありがたい」

 相も変わらず、編集長に対する当たりが強いツヨシ。


 先月、カイトの七作目が発売された。売り上げはまずまずだ。これからも口コミや宣伝次第でもっと伸びるだろう。


 そして現在は新作の企画を考えている段階であり、今回はその内容についての打ち合わせだった。


「うーん。いくつか面白そうな話は思いついたんだけど、やっぱり書いてみないことにはわからないな。今ちょっと冒頭だけ書き始めてみたのがこの作品なんだけど……」


 そう言ってカイトはバッグから薄型のノートパソコンを取り出して、目的のファイルを開く。


「……ほう。面白そうじゃないか」

 あらすじを読んだツヨシが言う。


「プロットも簡単なものだったらできてる。けど、最後がビシッと決まらないんだよなぁ」


 物語で一番重要なのは書き出しである。そんな言葉をよく目にするが、それと同じぐらいに終わり方も重要だ。


「なるほど。たしかにこの展開だと、しっかりしたハッピーエンドにするのは難しそうな感じだな」


「そうなんだよ。でも、完全にバッドエンドにするのもどうなのかなって思ってて、多少のリアリティは犠牲にしてでも、読後感はある程度良くしたいんだよな」


「いいんじゃないか? じゃあ、こういう展開はどうだ? 主人公が――」

 カイトのアイデアを基にして、二人で意見を出しつつ、作品を練り上げていく。

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