8.小さな決断 2


「お願いリュカスさん、ラルコを連れて行かないで」


 眼に涙をにじませ、全身を震わせながら、それでも静かな声で訴えかけてくる。

 少女の懸命な姿に、リュカスは頭を抱えて声を上げた。


「ああーっ! だから嫌だったんだあーっ!」


「えっ?」


「こんな幸せそうな家庭から子供を連れ去って来いだなんて! いくら王宮の命令でも、この僕にそんな酷いことが出来るわけないじゃないかーっ!」


「リュカスさん?」


 それから彼は、自分に向けられた刃先をものともせず、戸惑うラキィの両肩を掴んで、うんうんと頷いた。


「判った。ラキィちゃん、僕がなんとかする。王宮のお役人を説得して、ラルコくんがずっとこの家にいられるようにするから」


「ホントに?」


 ラキィがホッとしたように鎌を下ろす。


「うん、ホントホント。だからもう安心して」


 そう言って笑いかけるリュカスの背中に、ガルブの声が飛んだ。


「とかなんとか言って、明日の朝には黙って子供を攫っていこうって魂胆なんだろ?」


「え?」


 見透すようなその言葉に、固まるリュカス。


「それ、本当なの? リュカスさん、あたしを騙そうとしたの?」


 瞳に怒りの炎をたたえ、再びゆっくりと鎌を振り上げるラキィ。


「いや、ちょっと待っ」


「許さない。今すぐこの家から出ていけ!」


 手を放して後退るリュカスに、ラキィが猛然と襲い掛かろうとする。

 リュカスがとっさに後ろに跳んで逃れようとしたその時、彼とラキィの間に割り込んできたのは、それまで背後に立っていたはずのガルブだった。


「はい、そこまで」


 ガルブは、一瞬のうちにラキィの前に立ちはだかり、その顔面に右の掌をかざして突進を止めた。

 そして左手は、いつの間にか手にしていたフォークを、リュカスの喉元に突き付けていた。


「判ったか、小僧? この家でふざけた真似をしようもんなら、俺よりもおっかねえうちの娘が、黙っちゃいねえぞ」


「は、はい」


「ラキィも、いいか」


「いやだ、そいつを殺してやるんだ。だから離して……、ラルコ!」


 ラキィの叫びは前方の父ではなく、それよりも速く彼女を後ろから抱き止めた、少年に向けられていた。


「ラキィ、駄目……」


「ラルコ、離して」


「ラキィ……。ごめんね……」


 少年は、少女の背中に顔をうずめ、更に強く抱き締めた。


「え?」


「僕……、王都へ行く」


「ラルコ! 何を言い出すの!」


 ラルコはゆっくりと手を離すと、ラキィの前に出た。


「リュカスさん、僕を王都に連れて行って下さい」


 間に立つガルブは一瞬少年に目をやり、それから無言で後ろに下がった。


「君、いいのかい?」


 ラルコが頷く。


「きっとそこに、僕のやるべきことがある。僕は行かなくちゃいけないんだ、僕が僕であるために」


 その声に、ラキィは愕然とする。

 そんな風に自分の意思をもって言葉を紡ぐラルコは、今まで一度も見たことがなかった。


「ラルコ! あなた記憶が!」


「ううん。でも、そんな気がするんだ。ゴメンね、ラキィ」


 ラルコは前を向いたまま、だが確たる意思を込めて言い放つ。


「そんな……」


 リュカスは顔を上げて、ガルブと視線を交わした。

 小さく頷くガルブに彼も頷き返し、それから再びラルコに向き合った。


「判った。君をガレイドに連れて行こう」


「お願いします」


 ラルコが頭を下げる。


 その小さな体を、ラキィは後ろからぎゅっと抱き締めた。


「そんなの……いやだよ。ラルコ……」



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