8.小さな決断 1


 通常、身寄りのない子供がたどる道は、大きく分けて3つある。

 養護院などの公的機関に収容されるか、子を必要とする家庭に養子として引き取られるか、あるいは、奴隷として売り払われるかだ。

 どの道に進むかは、その子の運次第。その意味で、カンターラ家に保護されたラルコは幸運だったと言える。

 本当の家族が見つかるならそれで良し、それが叶わなければ、このまま正式に養子として迎えることも可能だったのだ。


 そこに突然、郡庁の役人であるリュカスが現れた。

 しかも彼はただの下っ端ではなく、統括管理部といういわば中枢の人間で、そのうえ王宮の意向を受けてやって来たという。

 やはりラルコはただの迷子ではなかったのか。王宮にどんな意図があるのか。

 彼の屈託のない笑顔の下からそれを読み取るのは、ガルブにも困難だった。


 だがそれからの数日間、リュカスの本心がどうであれ、彼は全ての思惑を叩き潰されて、麦と野菜を相手に不利な格闘を強いられる破目となった。

 もちろん、畑にはラキィとラルコも一緒に駆り出されている。だが慣れない農作業に四苦八苦する彼と違い、ラキィは、そしてラルコでさえも実に楽しそうだ。

 その、大人でも辛い重労働に嬉々として立ち向かう子供達の姿は、街場暮らしのリュカスの目にはとても新鮮に映り、いつしか彼もこの作業を楽しむようになっていた。

 そして気が付けば、2・3日と言っていたはずの滞在が既に10日余りも過ぎていた。


 だが、そんな平穏な日々も、ほどなく終わりの時を迎える。



―― * ―― * ――



「はい、リュカスさん。お役所からみたいですよ」


 その日、一家が農作業から戻ると、リュカス宛に一通の手紙が届いていた。


「どうも」



 リュカスは、ミンディから郡庁の紋章が刻印された封筒を受け取ると、その場で封を切った。

 中に入っていたのは、白い紙きれが一枚。リュカスは暫くの間それをじっと見つめていたが、やがて「はあ」と溜息をひとつ吐いて、封筒と一緒にクシャクシャに丸めてポケットにしまい込んだ。

 そして頭をガシガシと掻きむしってから、ガルブに向き合った。


「すみませーん、休暇が終わってしまいました。どうやら、そろそろ仕事に戻らなければならないようです」


「へえ、そいつは困ったな」


 ガルブは驚いた様子もなく、気の籠らない声で応じた。


「ええ、困ったことになりました」


「まだ収穫が終わってねえんだよ。あと10日でいいから、なんとかしろ」


「いや、そういう事じゃなくてですね」


「ふん」


 面白くもなさそうに鼻を鳴らすガルブに、リュカスは苦い顔になる。


「それであの、ですね」


「ラルコを連れて行くってか?」


 言い出しにくいことを先に言われてしまって、リュカスは更に苦い顔になった。


「ええまあ。大変心苦しいのですが」


 その刹那、ガルブの双眸が鋭い光を放った。


「ちょ……」


 殺気にも似たそれを眼を逸らすことなく受け止めつつも、右手は無意識のうちに武器を求め、テーブルの上を探る。


「や、やだなあガルブさん、そんな恐い顔をしないで下さいよ。どうか、判っていただきたいのですけどねえ」


「いやあ、俺だってお役人やら王宮やらに逆らおうだなんて思ってねえし、先のことを考えればやむを得んだろうとは思うんだけどな。どうやら、そうでない奴もいるようでな」


 その時リュカスは、ガルブの視線が自分ではなく背後に向けられていることに気付き、ハッとして振り返った。

 そこには、ラルコを背に、収穫用の鎌を両手で刀剣のように構えて、必死の形相で彼を睨み付ける、ラキィの姿があった。


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