6.刹那の平穏 2


 ラルコは、最近になって少しずつしゃべるようになってきていた。

 ただしそれは言葉を取り戻したというよりも、新たに覚えたという感じで、記憶の方はやはり戻らないままの様子だ。

 子供、と言うよりもむしろ生まれたての赤ん坊のように、彼は言葉だけでなく身の回りの様々なことに興味を持ち、急速に身に付け始めていた。


 そんなラルコに対し、ラキィはすっかりお姉さん気取りであれこれと世話を焼いている。

 ラルコもラキィを姉どころか母親のように慕い、一日中彼女の傍を離れようとしなかった。その姿は、『ラキルト(ラキィの男)』どころか『ラキィシャ(ラキィの犬)』と呼びたくなるほどだ。


 そして今日も、風呂から上がるとホカホカの晩御飯が待っていた。


「いっただっきまーす!」


「いただきます」


「はいはい、いっぱい食べてね」


 ガルブはそんな二人の様子を、麦酒を片手に眼を細めながら眺めていた。


(ラキィは我が娘ながら、出来た子だ。素直で元気で、頭の回転も良い。それに母親に似て器量もまあまあだし、働き者だ。

 兄弟ができないのを申し訳なく思っていたが、まさかこんな事が起きようとはな。

 ラルコも大分慣れてきたようだし、言葉はまだたどたどしいが頭は悪くないようだ。

 だが……)


 ガルブは大杯を口に運びながら、考えた。


(ただの失せ子なら、このままうちの子にしてしまうのも良かろうが。この容姿は、どう見ても只者ではない)


 ガルブは、今でこそ辺境の一農夫に過ぎないが、若い頃は、兵役のために王都で暮らしていたことがある。

 しかも単なる一兵卒ではなく、優秀な学徒として、郡庁の推薦を受け半ば留学の形で、王宮に出仕していたのだ。

 ほんの数年間ではあったが、そこでは辺境では得る術もない高度な学問と戦闘技術を学ぶことができ、世界を広げることが出来た。

 そして世の中には、日常の暮らしではうかがい知ることのできない深淵が存在することも、知ったのだった。


(いつか身元を知る者が現れるか、あるいは……。いずれにしても、だ)


 娘の泣き顔は見たくないな。そう密かに溜息を吐きながら、苦い酒を飲み下すのだった。



―― * ―― * ――



 それから3日後、ガルブの懸念は、予想よりも早くやってきた。


「こんにちは、カンターラさんのお宅はこちらで間違いないでしょうか」


 長いローブを纏った若者がそう言ってドアを開けた時、一家は昼食の真っ最中だった。


「はい?」

 ミンディは、炒め物の大皿をテーブルの上に置きながら、顔を上げた。


「あっ、お客さんだ! いらっしゃいませ!」

 ラキィは、スプーンを振り上げて元気よく挨拶をした。


「……」

 ラルコは、パンをかじりながらキョトンとした目で男を見た。


 そしてガルブは。


「そこを動くな!」

 テーブルの下面に隠してあった短剣を、男に向かって投げ付けた。


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