5.我が家へ 2


 次に、洗い布で体を擦り始める。

 白磁と見紛うほどに白く滑らかな肌を、背中から肩、手の先まで。汚れを落とすのではなく、磨き上げるように。

 丁寧に、丁寧に、磨けば磨くほど輝きを増していくような、そんな錯覚さえ憶えつつ……。

 いつしかラキィは、その作業に夢中になっていた。


 だがその先を洗おうとして前に回った瞬間、ハッとして伸ばしかけた手を引いた。


(やっぱり……、男の子……だよね)


「ま、前は自分で洗ってね」


 洗い布を押し付け、再び背後に戻る。


 少年は、素直に自分の体を洗い終えると、ラキィがしたように手桶で湯を汲み取った。

 そして、なぜか俯いて押し黙っている彼女を怪訝そうに見つめた後、おもむろにその頭に、ザブッと湯を浴びせかけた。


「きゃあっ!」


 思わず悲鳴を上げたラキィの頭を押さえつけるように、少年はガシガシと乱暴に洗い始める。


「え? ちょっと、何? あ、洗ってくれるの?」


 だが、石鹸も付けずに掻きむしるように手を動かしたせいで、指が髪に引っかかってしまった。


「痛っ!」


 その声に、少年が思わず手を引っ込める。


「あ、ごめん。大丈夫だよ」


 すると少年はラキィの後ろに回り、今度は洗い布で背中を擦り始めた。それも気を使ってなのか、さっきとは違ってそっと優しく、撫でるようにだ。

 だがそれは、あまりに優しすぎて。


「きゃははっ! くすぐったい! ちょっと待って。わかった、わかったから! ごめん! お願い!」

 ラキィは身体をよじらせて、少年に許しを請うのだった。



―― * ―― * ――



 風呂場から響いてくるラキィの嬌声に、父ガルブは麦酒の杯を傾けながら、無精ひげまみれの精悍な顔に、笑みを浮かべた。


「あいつ、楽しそうだな」


「久しぶりのお客さんですもの。それもあんな可愛らしい」


 ミンディも、テーブルの上に料理を並べながらクスクスと笑う。


「きっと、弟が出来たような気分になっているのよ」


「ああ。それはいいが、だからと言っていつまでもこのままという訳にもいかん。早く本当の家族の元に返してやらなくては」


「早く見つかるといいわね。ああ、でもそうなったらラキィが寂しがっちゃう」


「明日になれば何か情報が入ってくるかも知れないな。だがあの子の顔つきは、この辺りでは見たことがない。あの白い肌は北方の者のように見えるが、いずれにしても只の子供じゃないぞ」


「旅の途中だったのかしら。どこかの国の貴族の子とか」


「かも知れんな」


 風呂から上がると、夕食の支度が出来ていた。

 ラキィは、テーブルの上に並ぶいつもよりも豪勢な料理の数々に眼を丸くしたが、母親の自慢の手料理を少年に御馳走できると、大喜びした。

 そして何よりも嬉しかったのは、水芋ティポコのバター炒めの美味しさを教えてあげることが出来たこと。

 ラキィは昼間の騒動のことも忘れて、大はしゃぎで少年を歓待し、彼もまた旺盛な食欲を見せて、彼女の期待に応えた。


 そして祭りのような一夜も更け、少女と少年は一つのベッドで眠りについた。



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