5.我が家へ 1


 村へ戻ると、すぐに村長を始め村の主だった者達が集められた。

 大人達もまた、子供達が初めて出会った時と同じく少年を取り囲んで色々と聞き出そうとしたが、相変わらず彼は押し黙ったまま、何も答えようとはしなかった。

 ただの迷子ならまだ良いが、盗賊や野獣のしわざだとしたら、村としてもそれなりの対応を迫られることになる。村長は、何人かを選び出して森の捜索に向かわせると同時に、近隣の村や郡庁へも人を走らせ、報告と情報収集に努めた。


 だが、それらしい事故や事件があったという話は、皆無だった。そうこうしている内に日も暮れてしまい、何の手掛かりも得られぬままに、とりあえず少年を村で保護して、明日また改めて方策を考えようということになった。

 というわけで。


「じゃあ、今夜はうちにおいで。お父さん、お母さん、いいでしょう?」


 この時まで、ラキィは少年に付き添いずっと手を握っていたのだった。



―― * ―― * ――



 家に帰り、水芋のたっぷり詰まった重い雑嚢をやっと下ろすことができたラキィは、思わず床に座り込んで息を吐いた。


「ふいーっ、重かったー」


「馬鹿ね、さっさと下ろせばよかったのに」


 母親のミンディは、床に敷いたむしろの上に雑嚢の中身を撒き広げながら、クスクスと笑った。


「だって、忘れていたんだもん」


 今日はずっと少年のことで頭がいっぱいで、自分の背中に気を回す余裕など、まるでなかったのだ。

 そしてそれは、周りの大人達にしても同じことだったのだから、ラキィ一人が責められる理由はないはずだ。


「お湯を沸かしてあるから、身体を洗ってきなさい。その子も一緒にね」


「はーい。おいで、こっちだよ」


 ラキィは少年の手を引いて、風呂場へ向かった。


 風呂、といってもこの地方では湯船につかる習慣はない。

 洗い場と、いちおう湯を張った風呂桶らしきものはあるのだが、水はともかく湯を沸かすというのはそれなりの重労働なので、あまり贅沢に使えるものではない。汲み出して体を洗うのがせいぜいだ。

 ちなみに、街場では風呂そのものが各家庭にはなく、代わりに公衆浴場が整備されている。もちろん有料ではあるが、大きな湯船にゆったりと浸かることができるし、社交場としても活用されている。

 都会の生活には欠かすことのできない施設となっていた。


 ラキィは脱衣場で裸になると、少年の服も脱がせ、洗い場に入り並んでしゃがんだ。


「目をつぶって」


 背中に回り、少年が大人しく下を向いたのを見届けると、手桶に湯を汲んで頭からザブッとかぶせた。

 少年がブルッと身を震わせる。ラキィは石鹸を手に取り、泡をたっぷり立ててから、髪の間に両手の指を潜り込ませた。


「そのまま、じっとしていてね」


(すごい……、柔らかい……)


 かつて見たことのない明るい髪色と絹のような感触に、ひそかに感動しながら、指先で丁寧に揉んでいく。

 ひとしきり洗い上げた後、もう一度湯をかけて泡を落とした。


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