4.予兆 2


「ラキィ!」


 続いてファーチィが、荷物を放り出して飛びついて来た。


「ファーチィ!」


「大丈夫?! 怪我してない?!」


「うん、平気。ごめんね」


「ううん、無事で良かった。何があったの?」


「この子がね、泉の真ん中に一人で立っていたの」


「一人で? 君、名前はなんていうの?」


 少年はファーチィを見たが、やはり何も答えなかった。


「しゃべれないのかしら。お母さんとか、お父さんとか、誰か大人の人と一緒じゃなかったの?」


 すると少年は、小首をかしげる。それを見たラキィは、先ほど自分が話しかけた時もそんな仕草をしていたことを思い出した。


「それにしても、この髪。なんて奇麗……」


 ファーチィが、うっとりと呟く。少年の姿に、一瞬にして心を奪われてしまったようだ。


 ヒュイッ! ヒュイッ!


 その時、今度はさっきとは別の方角から笛の音が響いて来た。


 ヒュイッ! ヒュイッ!


 また違う方角から、今度は森の奥からだ。もしかしたら、この子の連れかも知れない。

 ダイクが呼子を鳴らし、それに答えた。


 ヒュイッ!


 だがやって来たのは、やはり一緒に森に入った村の仲間達だった。

 ラキィ達とは別の集団もいたらしく、全部で十数人の子供達が泉の畔に集まった。

 皆は危険な状況ではないことに安堵すると同時に、初めて見る金髪の少年に色めき立ち、あれこれと声をかけた。

 だが少年は、誰に話しかけられても何の反応も示さず、ラキィの手を握ったまま、じっと前を見ている。子供達はその様子に戸惑いつつも、見知らぬ少年への興味を抑えきれずに騒ぎ立てた。


 それから暫く、少年の連れがやって来るのではないかと、その場で待つことにしたのだが……。

 結局それらしき者はいつになっても現れず、ラキィ達は途方に暮れてしまった。

 こんな事態は、子供の手に余る。


「仕方ないな、いつまでもここにいたら日が暮れちゃうよ。村に連れて行こう」


 年長者のダイクの提案で、皆は村に引き上げることにした。


「心配しないで、あたしがついているから」


 ラキィが手を引くと、少年はおとなしくそれに従った。抵抗されたらどうしようという心配は杞憂に終わり、ひそかに胸をなで下ろす。

 だが次の瞬間。


(あっ、水芋ティポコ!)


 忘れていた、地面に放り出したままだった。


 すると少年は何を思ったか、急に手を放すと後ろを振り返った。

 そして芋の山に向かってしゃがみこみ、黙って水芋を雑嚢に詰め始めた。

 それを見た他の子供達は顔を見合わせ、それから緊張がほぐれたように笑い合いながら、我先に少年の周りに群がって荷造りを手伝い始める。


 だがラキィは、その光景を見つめながら、ひとり立ちすくんでいた。


(どうして……。あたしはまだ何も言っていなかったのに……)


 そして少年が振り返ったあの一瞬、その瞳が確かに虹色に煌めいたことを、思い返していた。

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