4.予兆 1
(とにかく、この子をこのままにしておく訳にはいかない)
ラキィは気を取り直し、自分のシャツを脱いで少年の裸の体に被せた。
自分は脱ぎ捨ててあったズボンを穿き、下着の上から前掛けのみを身に着ける。
それから少年をギュッと抱きしめ、「大丈夫だよ」と声をかけてから、立ち上がって、前掛けのポケットから呼子を取り出した。
左手は少年の手を握ったまま。
そして辺りを窺いながら大きく息を吸い、力一杯吹いた。
ヒュイッ!
高く鋭く、1笛だけ。
そしてそれを密かに狙う肉食の獣や魔獣に対しては、狩りの機会が失われたことの宣言ともなり、その結果、周囲から危険な獣達を遠ざけることができるのだ。
だが人間の耳には、それが本物の鹿の声ではない人工的な音であることは明らかだ。
これは救難信号であり、森の中でこの音を耳にした者は、同じように鋭い音を2回吹いて返事とし、助けに向かうことが決まりになっていた。
ちなみに、短く3笛は『近づくな』という警告、長くヒューヒューと吹けば『危険は去った』という知らせとなる。
この子の連れが近くにいれば、すぐに笛の音が返って来るはずだ。
耳を澄ましていると、ヒュイッ! ヒュイッ! と甲高い2笛が聞こえてきた。
だが、その音は背後から聞こえてきた。これは一緒に森に入った仲間達のものだろう。
ラキィはもう一度、呼子を吹いた。
ヒュイッ!
ヒュイッ! ヒュイッ!と、再び2笛が返ってくる。やはり背後からだ。
しかも、さっきよりも音が近い。
こちらへ急いで向かってきているようだ。
「ラキィ!」
ほどなく、今朝ラキィが通って来たと同じ小道の奥から、1歳年上の少年ダイクとその妹、同い歳のファーチィが姿を現した。
ダイクは柄の長い森鎌を手に、息を切らせて駆けてきた。
それから少し遅れて、ファーチィが大きな雑嚢を2つ背負ってやって来る。
妹に荷物を持たせて自分が先に来るというのは一見ひどい兄のようだが、これにはちゃんと意味がある。
救援者は一刻も早く現場に駆け付けねばならないのと、戦いとなった場合に身軽である必要があるのだ。
そして戦えない者が抱える大きな荷物は、いざとなれば身を護る盾となる。
これもまた、森に生きる術の一つなのだった。
「ラキィ、大丈夫か」
「ダイク!」
ダイクは、ラキィの傍まで来ると、油断なく辺りを見回した。
「その子は?」
「泉の中にいたの、他の人とはぐれちゃったみたい。あたしは大丈夫」
「はぐれただって?」
ダイクは少年を見た。
シャツ一枚の格好に一瞬眉をひそめたが、当の少年はダイクを気にする様子もなく、静かに立ちつくしたままだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます