3.水辺の出会い 2


「あんな所で、何してるの?」


 それよりも、いつの間に現れたのだろう。

 さっきまでは確かにいなかった。この見通しの良い水辺で、やってきたところを見逃すはずもないし。

 まさか、水の中から? いや、いくらまだ暖かいとはいえ、今の季節に水浴びをする者なんていやしない。


(じゃあ……)


 ラキィの立っている場所からはかなり奥の方だが、その辺りまでもずっと浅瀬は続いている。

 水鳥達は、すぐ側に立つ人間を全く気にしている様子はない。鳥達と比較すれば、その大きさは大人では決してなく、明らかに子供のそれだ。


(遊んでいるようにも見えないけど……)


 と、ラキィが訝しんでいると、その人影がゆっくりと膝を折り、水の中に倒れ込んで行くのが見えた。


 それを見たラキィは慌てて、人影のもとへと走った。

 バシャバシャと飛沫を上げながら駆けて来る少女に、驚いた白鷺が一斉に飛び立つ。


「君! 大丈夫?!」


 幸いにして、溺れるような深さではない。ラキィは鳥達が跳ね上げる水飛沫と羽屑を全身に浴びながら、子供の体を抱き起こした。


(男の子だ。自分よりも小さい、10歳くらいかな。でも……)


 裸……?


「一人で何をしていたの? 他の人とはぐれちゃったの?」


 こんな森の奥で、こんな格好で。


 気を失ってはいない。でも何も着けていないその体はぐったりと力なく、瞳はうつろに空を見つめていた。

 ラキィが声をかけても、何の反応も示さない。


「しっかりして!」


 すると、少年が視線を動かし、ラキィを見た。

 正面から見つめ合うその瞳は、空のように蒼い。なんてきれい……。ラキィはその美しさに一瞬、言葉を失った。


「た……、立てる?」


 小さいとはいえ、自分一人では抱え上げるのは無理だ。ラキィがたずねると、少年はふらつきながらも自分の足で立ち上がった。


「こんなとこにいたら駄目だよ、あっちに行こう?」


 ラキィは子供の手を取り、肩を抱いて、慎重に足元を確かめながら岸辺を目指した。


 荷物の所まで戻ると、改めて少年を見る。

 剥き出しの白い肌は血の気を感じさせないほどに透き通り、金色の髪は陽の光を浴びて明るく煌めく。この容姿は、明らかにこの地方のものではなかった。


「君、名前は?」


 ラキィの問いかけに、少年は僅かに小首をかしげるような素振りは見せたものの、返事はなかった。


「他の人はどこにいるの? あそこで何をしていたの?」


 その時、ラキィの脳裏にあったのは、旅の途中で野獣か盗賊に襲われたのではないかということだった。

 だがそのきれいな体には傷一つなく、怯えている様子も見えない。

 でも、さっきから一言もしゃべろうとしない。もしかして、ショックで口がきけなくなっているのかも。


「あたしはラキィ。君の名前を聞かせて?」


 少年は暫くのあいだ彼女の顔を見つめていたが、やがて視線を外し、何かを探すように空を見上げた。

 その時、太陽の加減によるものか、少年の瞳が虹色の光を放ったように見えた。

 ラキィはその幻想的な煌きに心を奪われそうになると同時に、なにか得体の知れない危うさを感じて、言葉を飲みこんだ。



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