3.水辺の出会い 1


「ふん、ふふん……ふふふーん……♪」


 ラキィは、鼻歌を歌いながら水芋ティポコを捌き続けた。

 芋の大きさは大小さまざまで、大きいものほど味が濃く食べごたえもあるが、小さいものもそれなりに風味があって悪くない。

 中でもラキィの一番の好物は、指先くらいの小さな芋を大量に使い山羊のバターで炒めた料理だ。


 今夜もきっと、お母さんがあの料理を作ってくれる。

 大皿に山盛りになったそれを口一杯にほおばって、一年ぶりの秋の味覚を存分に味わう。その瞬間を想像するだけでもう、口元が緩むのを止められない。


 ラキィは、抱えきれないほどの芋の山を見下ろし、満足げにうなずいた。


「うん、こんなもんかな」


 もう暫く待って水気を飛ばしたら、雑嚢につめて帰ろう。


「う……ん……っ、と」


 両腕を高く上げて、軽く伸びをする。

 見上げれば、高く生い茂った森の木々が、泉の周りだけぽっかりと空いている。丸く切り抜かれたような青空は雲一つなく、風も穏やかだ。


 ラキィは水芋の山の隣に座り込み、雑嚢の中からパンと小振りの水筒を取り出した。

 すでに太陽は頂点を過ぎている。ちょっと遅めのお昼だ。

 干し果と木の実のかけらを練り込んだ固いパンをかじりながら、陽の光を反射してキラキラと輝く水面を眺める。


 この泉は、湖というには小さすぎるが、池と呼んだらかわいそうという程度の大きさだ。歩いて一周するのに半時もかからず、その気になれば泳いで渡ることも出来る。

 というより、泳げるほどの深さがあるのは中心部の、全体の半分にも満たないくらいの部分だけで、その周りは足首からせいぜい腰くらいの深さしかない。ほとんどが浅瀬と湿地から成っていた。


 見つめる視線の先には、その浅瀬に数羽の白鷺エクレイが立ち並んで、のんびりと羽根をつくろい、あるいは長い首を伸ばして水の中を探っていた。

 ラキィは鳥達の戯れる様子を眺めながらパンを平らげ、水筒の水を一気に飲み干すと、少し考えてから立ち上がって、再び水辺へと足を向けた。

 この泉は、中心部以外にも小さな湧出点が無数にある。そこで空になった水筒に水を補給しようというのだ。


 水が湧き出している場所は、遠目にもすぐに判る。水流の関係か、その周囲だけは泉菜が生えず、草地の中にぽっかりと穴が開いたようになっているからだ。

 ラキィはパチャパチャと音を立てて浅瀬を渡り、湧き水の所へと向かった。

 水を汲み、ついでに四つん這いになって、水面に直接口をつけて溢れ立つ清水を味わう。

 夏は去ったはいえ、まだまだ汗ばむような陽気が続いている。地の底から湧き出たばかりの新鮮な冷たさが、喉に心地よかった。


 満足して岸に戻ろうと立ち上がったラキィは、ふと妙な気配を感じて、泉の方へ振り返った。


「ん?」


 そこにあるのは、先程と変わらぬ白鷺エクレイの群れ。

 いや、その鳥達にまじって、奇妙なものが立っていた。

 白鷺よりも少し高いくらいの大きさで、でもそれと見紛うほどに白い……。人の姿だった。


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