2.辺境の少女 2


「はーらぺーここーだぬーき、さーといーもひーとつ♪ もーひとーつほーしいーなそーれちょーおだーい♪

 にーいさんたーぬきーは、さーといもふーたつ♪ だーめだーめぼーくもはーらぺーこさー……♪」


 柔らかな木漏れ日の差す小道を、ラキィは大きな声で歌いながら歩いていた。

 森の奥からは、小鳥たちの唄声も響いてくる。村にほど近いこの辺りは、森とは言ってもそれほど深いわけでもなく、道もきれいに整備されていた。大型の獣が出ることは滅多にないし、子供が一人歩きしても特に危険な場所ではない。

 今日は、数人の仲間達と手分けして、秋の実りを収穫に来ている。他の者達も、茸や木の実など、それぞれの獲物を求めてあちこちに分散していた。


 ラキィが今目指しているのは、歩いて半時ほど先にある大きな泉だ。

 お目当ては、大好物の水芋ティポコ

 水芋は、泉菜ラーチと呼ばれる水棲植物の地下茎だ。泉菜は泉の畔の湿地に多く群生しており、春先に採れる新芽は、シャキシャキとした食感と清涼感のある独特の風味で、季節の味覚として人気がある。

 秋になると、葉も茎もすっかり伸びきって食用には適さなくなるが、その代わり、根元に栄養たっぷりの小芋を大量に抱え込むのだ。

 大きさは、小指の先ほどの小さなものから拳くらいのものまで、さまざま。保存もきくので、冬を越すには欠かせない食材だ。


 3曲ほど唄い終えたところで、泉に到着した。

 ラキィは雑嚢を下ろすと、靴とズボンを脱ぎ脚をむき出しにした格好になった。それから、雑嚢の脇に縛り付けてあった木製のサンダルを履き、腰の高さほどに伸びた泉菜を掻き分けながら、藪の奥へと向かって行った。

 泉菜の藪は、泉の周りを取り囲むように大きく広がっているが、外側に近い辺りは地面も固く、水芋はあまり育たない。収穫するならもっと奥の方の、水辺の柔らかい泥の中が狙い目だ。


「よっし、この辺りかな」


 冷たい水に足首まで浸かり、生い茂る泉菜の茎を適当に束ねて、両手で根元を掴み取る。

 腰を落とし、両足を踏ん張って力一杯、でも慎重にゆっくり引き抜くと、モジャモジャの白いヒゲのような根と、そこに絡み付いた大小さまざまな水芋が上がって来た。

 ラキィはヒゲの塊を顔の高さまで持ち上げ、隙間に覗く水芋を間近に見つめて、ニイッと笑みをうかべた。そしてその束を脇に置き、再び次の草を引き抜きにかかる。

 それを数度繰り返した後、草束をまとめて背中に担いで、藪の外へと向かった。


「ふう、大漁大漁」


 荷物の置いてある所へ戻ると、地面に座り込んで、根の間から水芋を一つずつ丁寧に取り始めた。

 取った芋はすぐにはしまわず、地面に並べる。こうして暫く陽に当てておいて、軽く乾燥させるのだ。


 一通りの作業が済むと、ラキィは再び泉に向かった。

 雑嚢を一杯にするには、これを何度も繰り返さなくてはならない。およそ半日がかりの、子供にとってはけっこうな重労働だ。


 だが彼女にとって、この程度の労働はごく日常のもの。

 甘やかされて育つ街場の子供と違い、辺境の子供達は、みな生きることに貪欲だ。

 力では大人にかなわなくても、野山を棲み処とする彼女らは、10歳を迎える頃には生きるために必要な一通りの術を身に付けてしまう。

 小さいながらも一人前の、野生の子供達なのだ。


 晴れ渡る青空の下、ラキィは嬉々として、水辺と岸を往復し続けた。



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