1.白夢の審判 3


 かつて地上に君臨し、無数の魔物を従え王国を築いた強者の口から出たとは思えぬ、卑小な言い草。だがこれこそが、魔王たる彼の本性なのだった。

 自尊心など欠片もない。

 卑怯で、残忍で、狡猾で。己の得になるのなら、己自身でさえ謀って恥とも思わない。


:::己の欲望の為に他者を害するのは、許されぬことだ。

 お前の一番の罪は、弱者の痛みを知ろうとしなかったこと:::


=なら、お前だって同じじゃないか。無限の痛みと苦しみだなんて、この俺にそんな酷いことをする権利がお前にあるのか=


:::我は神。世界を創り支配する。

 我が世界を乱した者は罰せねばならぬ:::


=じゃあ、じゃあ。この俺もお前が作ったというのか!=


:::然り:::


=だったら!

 この俺が許されない罪を犯したというのなら、俺をそんな風に作った、お前の責任じゃないか!=


:::何と:::


=だってそうだろ! お前が俺を良い奴に作ってくれたら、俺は悪い事なんかしなかった。お前が俺をこんな風に作ったから、俺は悪いことをしたんだ。

 俺の罪は、お前の罪だ!=


:::何という身勝手な:::


=身勝手でもなんでもいい!

 お願いだ。やり直させてくれ、もう一度だけ。頼む!=


::: …… :::


 しめた!

 その小さな沈黙を、魔王は好機と捉えた。

 つけ入る隙があるのなら、ほんの僅かでも見逃さず抉り取る。どこまでも卑劣で醜悪な、魔性の生き物だった。


=何でもする! 地獄へ行かずに済むのなら、何だってするから!=


:::よかろう:::


 畳みかけるように言い立てる魔王の腹の内を、知ってか知らずか。神は、あっさりとその言葉を受け入れた。


:::お前の犯した罪が、お前をそのように作った我の罪であるとするのならば

 我はお前を別の物に作り直し、再び世界に生まれ変わらせてやることとしよう

 お前はそこで今一度、生をやり直すのだ:::


=本当か! やった、助かった!=


 その言葉と同時に、自分を締め付ける力が少し緩んだような気がした。


:::だが、罪は償わねばならぬ:::


=ああ、もちろんだ。何をすればいい=


:::お前は新しい世界で、人間の勇者として生きるのだ:::


=え?=


:::そして己の全てを賭けて人々を救い、世界に平和をもたらすのだ:::


=勇者? この俺が勇者だって?=


:::そうだ:::


=最高じゃないか。それじゃあ俺は、無敵の力を持って、魔物や魔獣をギッタギッタにやっつけて、それで人間共にチヤホヤされるんだな=


:::然り。

 更に一つ。お前の過ちは、弱者の痛みを知ろうとしなかったことだ。故にそれを知る術を与えよう:::


=何でもいい、何でもやってやるとも。

 ははは……! 有難う神よ! 俺はきっと立派な勇者になってみせる!=


:::だが忘れるな。罪は決して許されてはいないということを:::


=ああ、忘れるもんか

 ははは! あははは……!=



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